ゆふに立つ雨｜リアクション

ゆふに立つ雨

　今日予定していた範囲は終わった。
　八神修はうんと首筋を伸ばし、凝りをほぐした。
　ひと段落と見たのか、柴犬のカーキーが膝元に走り寄ってきた。尻尾を振って、主の好意的な反応を待つ。遊んでほしいのだ。
「そうだな。少し、走りにでも行くか」
　つぶらな瞳で期待されると、邪険にできないのが修だった。普段は週末にしか会えないラファールも、この機会に目一杯遊んでやりたかった。
　ラファールの背に鞍を置いて馬場に出ると、カーキーが懸命についてきた。心なしか、きりっとした顔つきになった気がした。彼は今、『お仕事中』なのだ。守ってくれているのだろう。
　それでも、脚を速めると、たちまち距離が開いてしまう。必死についてくる。また速度を上げる。カーキーが一声吠えた。からかわれて、抗議しているようだった。思わず、笑みがこぼれた。
　肌に当たるものがあった。と思う間もなく、雨が降り始めた。
　厩舎に戻るまでに、かなり濡れた。鞍を下ろし、まず体を拭いてやる。ついでに自分も上を脱いで、拭いてしまう。
　ラファールが鼻を寄せてきた。首元を横から抱きしめてやると、温かさとともに、鼓動が感じられた。毛並の色艶は良く、どこか傷めている様子もない。
　足元のバケツに放り込んであったブラシを拾い、丁寧にブラッシングする。蹄の泥も、念入りに掻き落としてやった。
　ふと見ると、カーキーがラファールに鼻を突き合せて、お互いの臭いを嗅いでいた。なにやら秘密の会話をしているように、見えなくもない。
「俺も、お前達の気持ちを、もっと解ってやれると良いんだけどな」
　ある動物行動学者の本には、あらゆる動植物と会話ができたという、古代イスラエルの王に由来する題名がつけられていた。その指輪があれば、もっとお前たちと心を通わせられるのに。
　雨は、少しだけ、強さを増していた。

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