ある霧の向こうの｜リアクション

ある霧の向こうの

　秋ノ宮こまちは気が付いたら森の中にいて、見知らぬ誰かと手を繋いでいた。
（ああ、また不思議な出来事に巻き込まれたのかしら）
　森の中、手を繋いで、２人きり。
　４年前のことを思い出す。４年前、こまちは父親が決めた話に反発して、使用人に我儘を言った。一緒に森の中を逃げて、そして……自分のせいで使用人に大怪我をさせてしまった。
　ここは霧が深く、すぐ先もぼんやりとしてよく見えない。先の見えない森を見ていると、４年前のことを思い出す。怖くなる。
　でも、と、こまちは自然さを装って、きゅっと手を握った。怖い気持ち、なるべくそれは悟られないように。
　４年前と同じなのは森の中、手を繋いで、２人きり。それだけでいい。今手を繋いでいる人を、危険な目に遭わせるわけにはいかない。
（私が肩代わりしてでも……この人を無事に帰さなきゃ）
「あの、寝子高生……かな？　俺は１年の宮田厚。君は？」
「私は２年の秋ノ宮こまちよ」
　簡単に自己紹介してから、霧の中に、光が見えるのに気付く。
「足元にずっと続いている光があるけど……これを辿って行けってことなのかな？」
「そのようね。辿って進みましょう」
　こまちの言葉に、厚は頷いて同意を示す。
「他に目印も無いし、間違っていても光を辿って戻ってくればいいか。こまちさん、大丈夫？　怖くない？」
　内心動揺し、こまちは少し強く手を握るが、外には見せないよう堪える。
「大丈夫……これでも、こういう所は慣れているの」
　厚の手を引くようにして、こまちは歩き出した。

　繋いだはずのない手が繋いであるということは、たぶん、繋いだまま行けということだろう。
　そんなわけで、疑問を持つことも離そうとすることもせず、厚はこまちと手を繋いで森の中を歩いていた。霧は相変わらず深く、足元の光はいつ消えてしまってもおかしくないほど、心許なくぼんやり光っている。
　しかしあれだ、手を繋ぐというのは。
（この年代になると妙に照れくさいな、これ！）
　小さい頃なら違和感無くよく手を繋いで歩いていたが、この年代ではそうもいかない。親友ならともかく、さっき知り合った異性だ。
　手を引かれるままに歩いて、厚とこまちは、地肌の見える場所に出る。
「何か地面が……うおうっ」
　おかしいと続くはずだった言葉は驚きに変わる。大岩が突然足元から隆起してきたのだ。
　２人の足は一度止まるが、こまちはまた厚の手を引いて進もうとする。
「待って、これ気を抜いていると転ぶよ」
「大丈夫、今はまだ岩は見えないわ」
　こまちが足を踏み出す。
「転んだ拍子に手を離しちゃわないように、慎重に歩いてかないと……」
　厚が言った矢先に、また大岩が突然隆起した。場所は、こまちの足元。予想だにしていなかったのか、驚いて反応が遅れたのか、こまちがバランスを崩す。
　咄嗟に、厚はこまちの手を強く引いた。引き寄せた拍子に尻餅をつく。
　こまちも、厚に重なるように、倒れ込む。厚がいたので、怪我はしなかったようだ。
「危なかった……こまちさん、大丈夫？」
「……い」
「え？」
　俯いて呟くように言うこまちに、厚は聞き返す。
「ごめんなさい……私、勝手だったわ」
　厚の制止に耳を傾けず先に進もうとしていたことだろうか。
「気付かないことは誰でもあるよ。こまちさんが無事で良かった」
　繋いでいる手が震えている。厚は空いている方の手で、震えているこまちの手を包む。
「一歩一歩、確実に進んで行こう」
「……そうね」
　こまちは顔を上げた。瞳が少し濡れていたが、厚は気付かない振りをする。
　２人一緒に立ち上がって、目の前に広がる地肌を眺める。
「波長を合わせて進みましょう。ひとりじゃないんだから」
　こまちの言葉に大きく頷き、厚は繋いでいる手をきゅっと握った。