●寝子ヶ浜・海の生き物名鑑（１）●


【寝子ヶ浜海岸・岩場】

　遊泳区域の砂浜から海岸を少し歩くと、端の方は岩場や防波堤になっている（マップＦ－１１付近）。釣り人などの姿もちらほら見えるこの場所に、今回やって来たのは、寝子高生物部の新井 すばる、桜井 ラッセル、シダ 美穂戸の３人。生き物観察をしようと、部員同士で誘い合わせたのだ。
「これはタイドプール、ようは潮だまりだね」
　岩のくぼみに溜まった水たまりに、ホラと２人を案内するのは、新井 すばる。
「潮がひく時に取り残された生き物とか、簡単に観察出来て便利だよ」
「とりのこされたのか」
　興味津々でグイグイその横から、シダ 美穂戸が岩場を覗き込んで、
「ネッシー　クジラ　いるかもだな」
「ははっ、ここにクジラがいたら、手乗りサイズのクジラだな！」
　楽しそうに笑う桜井 ラッセルに、
「ヴァン　手乗りクジラ　
　いいな　いいな　さがそう　シダ」
「よっしゃ、んじゃ俺も手伝うぜっ」
　赤いサンマさんパーカーを腕まくりして、シダと張り切る桜井だ。濡れてもＯＫなように、その下には水着とビーチサンダルという軽装で、





　それぞれの頭をごっつんこさせて、さっそく潮だまりを覗き込む。
「おおー！　いるもんだな、
　海はガキの時きた以来で、眺めるばっかだったけど……！」
　切り取られた小さな世界に、桜井が目を見張り、新井が水中を指差して、
「ほら、この魚なんて普段こんな近くで見られないでしょ」
　クジラは見つからなかったが、例えばこんな人懐っこい生き物がいた。


　◇寝子島・海の生き物図鑑①　ツチノオトシゴ：
　・胴体が小判状に膨らんだ、ツチノコっぽいタツノオトシゴ。
　・人慣れすると手乗りになるので、観賞魚としても人気。
　・体長は成魚で５cmほど。可愛いかどうかは人による。


「うん、かわいいね」
　新井が掬い上げた指に、その尻尾を巻き付けて、「チー」と手のひらで鳴く奇妙な生き物。その１匹を、
「これ魚？　魚か？　ヘンな顔だな」
　つんつんうりうりするシダに、冗談めかして桜井が言う。
「食べちゃだめだぞ、シダ。
　持ち帰れそうだったら、生物部の水槽で飼育するんだからな」
「大丈夫　食べない
　食べるなら　もっと　大きいの食べる　シダ」
「はは、シダらしいな。……うっおすっげ。見てくれよこれ！」
　持参の青い箱眼鏡で、あちこち観察していた桜井も、何かを見付けたようだ。


　◇寝子島・海の生き物図鑑②　蜜蜂ガニ：
　・小型。潮だまりに蜂の巣状の巣を造り、群生する。
　・甲羅の裏に、蜂蜜のように甘いトロトロのカニミツを蓄えている。
　・女王ガニに給餌されるロイヤルカニミツが、とりわけ美味。


「カニか　ラッセル　シダにも見せろ　見せろ」
「シダちゃん、ボクの天眼鏡貸そうか？」





　と新井がくれたルーペで、シダもカニの群れをワシワシむしって観察だ。
「地上にもいっぱい綺麗なもんはあるけど海中もいいな。
　力強くいきてる生命の躍動感っていうか……」
　普段カナリアの姿で地上を見下ろすことの多い、桜井ならではの感想だろうか。
「（しゃぶっては逃がして）このカニ　甘い　甘いな　ンゴーン♪」
「あ、ほら、そこ、シダちゃんの下の岩、今タコが入ったよ」
　と今度は、新井すばるが、シダの足許を指さす。


　◇寝子島・海の生き物図鑑③　イカリダコ：
　・ののしれば罵るほど、紅潮して旨み成分が増すタコ。
　・あまり激昂させると風船のように破裂するため、取り扱いに注意。
　・サイズがぴったりの穴を見つけると、抗えずについ中に入ってしまう。


「いや、その岩、大きいし持ち上がるかな」
「タコ　この下か　岩砕く
　キックする　シダキック」





「って、わわわ、岩くだくのなしだよ？」
「だめか　ケチだな　ちくわ」
「いたっ、いたたっ！　っていうか、なんでボクを蹴るの？
　って、ぎゃー（じゃぼーん）」
　つるっと足を滑らせ、海に落ちる新井に、
「ちくわ　水　気持ち良さそう
　シダも　シダも（足で水かけ）」
「ぷはっ？　ボクをこんな水もしたたるいい男にして、
　どうするつも……って聞いてないね、よーし」
　ヤケになって水の掛け合いを始める新井たちに、桜井もまたパーカーを脱いで、
「はは、楽しそうだな。よし、俺も……」
　って、うぎゃ！？　何かふんだー！」


　◇寝子島・海の生き物図鑑④　マイト貝：
　・殻から赤い入水管、青い出水管が突き出た二枚貝。
　・赤青どちらか正しい管を切ると、容易に殻が開く。間違うと貝柱が爆発する。
　・身はかなり汗くさい。潮抜きをすると、さわやかな味になる。


　ヒョイとその貝を拾い上げるシダを見て、感心する桜井ラッセルだ。
「勇気あんなシダ……それ何？　爆発する貝？
　へ〜〜……って馬鹿、無理に開けんなって！」


　ぼっかーーーーーーーーーーーーん！！


　ずぶ濡れになった顔をキョトンと見合わせ、
「チョーイ オーイ　爆発した　爆発　面白いな」
　お腹を抱えて大笑いするシダ、新井の方はびしょ濡れの服をつまんで、
「あーあーシダちゃんはまた、無茶して……
　って、桜井くんはいつの間にか、カナリア回避してるし」
「ピチュイ？（わりぃわりい。つい咄嗟にな）」
　ろっこんでカナリアに変身したその桜井を見て、
「ラッセル　鳥だな　鳥
　シダも服　かわかそう　チアントイ」
　とシダもサオラに変身だ。
「君らは服ぬれても変身すればいいんだから、
　便利だな、うらやま（笑）」
　苦笑する新井をよそに、ぶるるる……と毛皮の水を弾いて、うれしそうにサオラも岩場を駆け回る。
「ヴァン　そうだ　ラッセル　特訓　手伝え　特訓」
「チュン？（シダ特訓って？　いやな予感すんだけど……）」
「追いかけっこだ
　シカが勝つか　鳥が勝つか　勝負　勝負」
「ピヨ〜！（受けて立つけどさ、海の家でまった〜りする時間もくれよな）」
「ちくわ　シカと見てろ　シダ　勝つぞ
　ラッセル　追いついたら　食べていいことな　決定」
「チチッチュン！？（ちょ、まっ！？）」
「ンゴーン♪　食べちゃうぞー（ダッシュ）」
　一応（？）ジョークのつもりで鳥を追い回すシカと、そのサオラから必死に逃げまわるカナリアだ。
「ピギィィィィ！（ぎゃああ！　ちょちょいまてシダ！　奢るから勘弁しろ！）」
「あ、シダちゃん、そろそろかき氷大会じゃないの？」
　笑ってその様子を放置していた新井すばるが、そこでようやく助け船を出し、
「ヴァン　かき氷大会
　あった　あったな　ちくわも　出るのか」
「うん、ボクは参加はしないけど、応援にいくよ」
「いこう　かき氷大会
　特訓して　のどかわいた　おなかすいた
　ホンサオダウ　丁度いい」
「ピー、ピピィ……（ぜぇぜぇ、さんきゅ新井、助かった……）」
　哀れシダにンゴーンされずに、ともかく桜井は命拾いするのだった。