●プロローグ

　のどかな朝の参道商店街。
「今日の商いどないですか」
「あーこりゃあ、蕎麦屋すすきのさんトコも盛況なご様子で」
　笑顔で溢れる人々の足下をするするっと猫達が聞き耳を立てながら通る、いつもの日常。
　それを震わせたのは、寝子高生１年　灰谷 姫子の電話。

「またたび市動物園で緊急事態発生────……！　う。でもウチ、もう力が出な……」

　がくっ☆　ツーツーツー。
　ひ、姫子────っ？！

　今回の騒動は、そこから始まったんだ。
　

　創立５０年のまたたび市動物園は、寝子高生のお父さんお母さんが生まれるより前に出来た歴史ある動物園。地元ボランティアの皆さんが園内のベンチを磨いて、芝生と花壇の花々や樹木を手入れし、島内の幼稚園、小学校の子ども達は動物達とのふれあい学習で訪れ、古くから地元の人々に愛される憩いの場所だ。

　事態発生から慌しく正門を行き交う人の流れは、気の所為か退園より入園する人の方が多い。
　中でも、鉢合わせたのは高校生の少年少女達。
　メガホンを握り締め猪突猛進する少年や、四つん這いでカサカサ歩くゾンビ少女、もじもじと首に巻いたヘビマフラーに顔を埋めた少女がリア充への恨み言を呟いた日には、お客様の避難誘導と本日入園停止のつもりで、外へ踏み出しかけた職員さん達が後ろ髪引かれる想いで踵を返しても仕方が無い。
　ちょっと気になる。現代人として。
「どひっ」
「あっ」
「あでっ！」
　ついでに、三角巾に割烹着姿の女の子が引くリアカーにも轢かれたし。
　地面にひっくり返って見上げた空は青く、雲ひとつ無い清々しさだし。
　折角来てくれた人々に、今すぐ帰って貰うには、勿体無いって話だよね？

　愛して欲しい。この動物園を──。


●チョーイ、オーイ　大変だ！

「一体何があったんや！　なんや動物園の方から悲鳴が聞こえたでー？」
　園内に一歩踏み込めば、より大きく耳に反響する動物達の合唱。驚嘆して立ち尽くす人々。
　リアカーで狭い人混みを強引に通り抜けた豆腐屋の娘・西野町 かなえは、道で湯浅 月子に「大丈夫～？」と、なでなでされていた姫子の元へ駆け込んだ。

　とうふは、かくかくしかじか。

「判った。まかせといてや！」
　頷いたかなえが肺活量いっぱいに我が家ご自慢、豆腐屋のラッパを吹き鳴らした。
　注目ーっ！
　はたまた居合わせたくー・りゅーと とシダ 美穂戸達が、人波から顔を覗かせる。
「皆聞いてやーッ！　動物園へお越しのお客様ーッ！　只今カピバラさんが大量発生中！　けど、このカピバラさんは『３回なでなで』したら消えるんやて！　『出落ちＯＫ☆』云うてくれためっちゃええ子が、今際に貴重な情報を残してくれたんや！　皆協力したってやぁっ！」
　かなえの声が届く半径内に居た者達が、「3回なでなで？」「他の人達にも教えとこー」と口伝合戦を徐々に始めた。
　あっちもカピバラ、こっちもカピバラ。
　界隈の野良猫よりも数が多くて、周辺の器物にもチョッカイ出す悪戯っこだ。
「動物園が大混乱だってんで駆けつけたんだが、そういう事なら話は早い」
　相手がカピバラで良かったと、野沢 コブラは厚い胸板を撫で下ろした。
　これがライオンだったら、お兄さん恐くってオシッコちびっちまうからな。あー恥ずかしい。
　一般の人だって、園内に跋扈する動物が肉食獣だったなら、遭遇しただけで阿鼻叫喚だ。

　動物さん達の怯えた声が園内の空気に伝播すると、自分を牛だと思い、角ある仲間達に会いに訪れた少女くーを震わせ、身軽に駆け出しそうなシダを奮起させた。
「動物園の動物　みんなシダの友達　シダみんなズップ　助ける」
　こくこくと、くーは頭の角を縦に振り、奈良橋 博美も頷いた。
「騒動が起きている以上、状況を良くしないといけないよな」
　コブラが各エリア探索を手分ける事を提案する。
「手分けもいいんだが……会えた時には、お互いに協力し合わないか？」
「オーケィ。お兄さんもそれでいいと思うぜ。で、いいよな？」
　博美に頷いたコブラが、たった今逃げられても安穏とベンチの背に軽く身を預け、にやにやと周囲を見回していた骨削 瓢に同意を求めた。
「あとは互いに連絡が取れるように、メアド交換を勧めるさぁね」
　既にカピバラに会いに来ていた他の寝子高生の顔を見つけ、余る長袖を振って、来い来いと合図を送る。
　端末を持つ者同士でメアドを交換。
　校内でもつかみ所が無い人間に見られる瓢が、実は毛玉好きで飛んで来たとは、意外な一面。
　本人にとっては美味しいハプニングだと云わんばかりのご機嫌さが伺えた。


●どうぶつ通信 ＮＯ．……

　【マガモの赤ちゃんが生まれました！】
　【フラミンゴ池の水を入れ替えました！】
　可愛い動物写真とイラストがつづられた動物エリア紹介板の前で、
「カピバラさんって、ねずみさんだったんですかぁ？！」
「しかも、今日までカピバラの事、カビバラだと思ってた！」
　雷に打たれたかの衝撃が夢宮 瑠奈と椿 美咲紀を襲った。
「至極簡単に（超省略して）云えば、げっ歯類の中で世界最大のねずみと云えるわね」
　神薙 焔がヘルメットや肘と膝の防具を装着ながら説明する横で、どうぶつ通信を凝視する菅原 嶺が「ネコ動で見たカピバラ温泉浴は、ヤツらを骨抜きにしていたのだ」と、したり顔。
　あれは和むのだー。

　えーと、えと。
　昔ひと騒動があって、ねずみが苦手になっていた瑠奈は、もにょっとした気持ちになる。
　可愛いんだけど、可愛いんだけど！　これ全部ねずみさん！
　目の前のカピバラさんが檻の隙間を抜けようと、頭を突っ込み、ぢたぢたしていた。
　ゴミ箱をひっくり返し、花を食いちぎろうとしている所で、美咲紀が慌てて止めた。
「あー！　ダメっ。こんなにキレイに咲いているのに！」
　尻尾は、ちっちゃいので、太い首に抱きついて止めようとしたが、「お、重っ！」水かきぢたばたして美咲紀の制止をきかない。
「猫１０匹分の重さ？」
「２０匹くらい……かな」
「１頭で、ぬこ２０匹分なんてお得よね！」焔がサムズアップしていい笑顔。
「それは違うよぉ！」
　でも、ねずみ嫌いな人にはショックだよぉ。
　頭の中ぐるぐる回る瑠奈の傍を通りかかった黒兎 都が美味しそうな鯛焼き片手に、「こいつら顔がキライ」と、バッサリぶったぎった。
「や、やっぱり、かわいいですよぉ！！」
　その時、しゅたーんっ。
　ちょっぴりイケメンなカピバラさんが、ゴミ箱を踏み台にして都の鯛焼き目掛けて飛び込み、ぺっちんと叩き落した。さくっと別のオトメンさんが、それを咥えて逃走する。人の足下もすいすいー。
　あ────ッ！！
「うちのタイヤキをよくもっ……！」
　吊るしてくれるわ！！　と、都の怒気に、四方へ散る他のカピバラさん達。
「まかせて！　追うわ！」
　秘密兵器ローラーブレードを装着し終えた焔が美しい曲線描き、難なく人混みの障害を身を捻って、すり抜ける。振り返る人々に吹き抜ける風を送り、瞬く間に瑠奈達の視界から綺麗に消えた。
「「かっこいー……」」

　カピバラさん達、きゃっきゃ♪　と増えていく。
　何もない所から。
　はたまた、食べていたアイスを盗られてもニコニコ顔で見送った桜井 ラッセルの注意が逸れた瞬間に。

　神魂の影響だと誰かが云った。

　それを耳にした森野 熊吾郎。
「それは大変なんですよぅ」
　何とかしなくちゃね。
　一同、散開！

　さて、何処からいきましょう──？