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【breeze】
「吸って。吸って。深く。深く。吸って。吐いて。吐いて。ゆっくりと。吐いて。もぐりこむの。奥の奥まで」
遠い残響のように、
七夜 あおい
の声はこだまする。眼前に腰かけているはずの彼女の存在が、ひどく遠くなってゆく。
代わりに瞬くのはいくつかの光だ。いずれも白く、しかし拍動のように明滅する強さ、速度が異なる。一瞬の輝きを放っては暗がりへ沈溺してゆく光もあれば、弱弱しくも一定のリズムで灯り続ける光もあった。
「吸って。吸って。深く。吐いて。ゆっくりと。もぐりこんで。深く。深く。深く」
これは命だ。これは糧だ。収穫の時を待つ熟れた果実だ。今や深く潜航し、それらは眼前に成っている。あとは手を伸ばすだけ。
ひとつひとつをもぎとり、ひとかじりすればいい。それだけで──。
──
八神 修
は時間どおりに目を開けた。直後に足音。
「失礼します……!」
「ええ、どうぞ。講座はまもなくの開講となります」
最初の受講者が顔を見せると、続々と椅子が埋まっていく。本日のセミナーは1時間を予定しているが、どうせ延長となるだろう。まったく、人々の熱狂する様は上質な旨味を修にもたらし、そしてこの上なく厄介だ。見よ、彼らの眼差しを。まるでネオネコジマに燦然と輝くスターを見るかのようではないか。
修は一介の心理学者である。少なくとも表向きには。彼にとって、人心を掌握するのに必要なプロセスはそう多くない。受講者たちへまずは笑み、そしてひと言発すればいい。
「あなたに魔法のランプは必要ありません。あなたの願いを叶えるための力も、知識も、あなたの内に眠っているのですから。私はその目覚めを少しばかり、ほんのひと押しするだけ……さあ、始めましょう。己を探求する、刺激的で希望に満ちた旅のひと時を」
彼らの熱狂は放っておいても金色の硬貨となり修の金庫へ降り積もる。この場にあって重要なことのひとつは、彼らが湯水のごとくもたらす直接的な恩恵とはまた別のところにある。
たとえば右奥の席、申し訳なさげに腰を下ろす女性などは潜在的に、修にとっての太客となり得るだろう。拍手は控え目、瞳は落ちくぼみ修の端正な面立ちよりも単調な絨毯の模様を眺めることを好む。おあつらえむきではないか。
セミナーの終わり、熱に浮かされ去ってゆく者たちの中にあり、沈み込んだ女性へ声をかける。優しく、あたたかく、絡め取るように。
「どうやらなにか、お困りの様子。私でよろしければ、お話を聞かせていただけませんか」
そのような客が修を売ることは決してない。修の見立ては常に完璧であるからだ。
「なるほど。つまり、あなたの兄と兄嫁への復讐、それこそがあなたの願いであると」
「浅ましい……願いだと。分かっているんです。私がすべて飲み込めばよいのだと。そうすればすべて丸く収まるのでしょう。ええ、そうでしょうとも、けれど、けれど! 彼らのせいで、私はすべてを失った……!!」
癒着に横領、女性の兄嫁は悪辣にも自らの犯罪の証を彼女へなすりつけた。気弱で奥手、身近にあるちょうどよい手頃なスケープゴートだとでも思ったのだろう。修にしてみれば他愛もないチンケな罪であるが、少なくとも冤罪の刃は女性のインテリアデザイナーとしての夢を断ち、社会的信用も塵と砕き、生きる活力さえも奪い去ったという。
修は女性の手を握った。麗しく優雅に。それを演ずる自身を大いに嗤いながら。
「プランはいくつもあります。なに、他愛もない仕事だ。俺は安くないが、貴女になら支払えるだろう。それほどの熱を、貴女は身の内に宿している」
深く。深く。奥の奥。修は潜行してゆく。
「さっそく仕事を始めよう。そう長く待たせはしないさ」
「吸って。深く。深く。吸って。吐いて。吐いて。ゆっくりと。吐いて。どこまでも。深く。深く。奥の奥まで」
「そうしてあなたは、あなたのいうところの、光を見定めるんだね」
講座でもなく診療でもなく。修は月に二度、あおいのカウンセリングルームへと足を運ぶ。心理学者がメンタルをケアするのはいささか滑稽に思えたが、彼女は必要なことだと決して譲らなかった。
件の女性の兄、その取引先へ浸透し影響力を掌握し、破滅へと追いやり、かの兄嫁にはその不貞の確証を世に喧伝することで追い込んだ。その翌日だ。修は涼やかで爽快な気分のままあおいの前へ身を落ち着けることができた。これが殺しを伴う仕事なら少しばかりの引け目を覚えたりもするものだが、それでも彼女へ弱い自分を晒すことだけはしたくなかった。
復讐代行業は修にとって天職と自負している。無論、目の前の彼女へその詳細を語ったりはしないが、心理学になぞらえて、適切な比喩を選ぶこともまた修は得意とした。
「でも、時には……辛いこともあるでしょ? 弱いところだってあるはず。だって修くんも、結局は人間だもの」
「そうかな。少なくとも今は、充実しているよ。つまづくこともない」
「ダメだよ、修くん。カウンセラーに隠し事は! 同じマタ大卒のよしみで、特別に診てあげてるんだからね?」
「ははは。感謝してるとも」
あの光は恋しい。誰かにとっての益をもたらす結末も悪くはないが、それよりも実りに実った果実を容赦なく、慈悲なくもぎ取る快感こそを恋しく感ずる。
そしてそれ以上に、修が欲しいものは、
「それじゃ、今日も始めるよ。緊張しないで、リラックスして。全身を弛緩させるように……そう、上手だよ」
眼前にひと際輝く、それでいてまだ熟し切っていない、青い果実。
すべてさらけ出したなら、手に入るだろうか? それとも……修の見立ては外れ、離れてゆくのだろうか。
「さあ、修くん、ゆっくりと。息を吸って。吸って、吸って。深く。深く。吸って。ゆっくり。ゆっくりと……どこまでも。深く、吐いて、深く、深く。すべて……あなたのすべてを、私に見せて」
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シナリオデータ
担当ゲームマスター
墨谷幽
シナリオタイプ(らっポ)
シルバーシナリオ(150)
グループ参加
2人まで
シナリオジャンル
コメディ
SF・ファンタジー
NPC交流
定員
5人
参加キャラクター数
5人
シナリオスケジュール
シナリオガイド公開日
2026年05月03日
参加申し込みの期限
2026年05月10日 11時00分
アクション投稿の期限
2026年05月10日 11時00分
参加キャラクター一覧
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