渚のにゃー太｜リアクション

渚のにゃー太

「どんな猫ちゃんかなぁ、楽しみだなぁ。気に入ってくれるかなぁ？」
「ほらほら、あんまり動き回らないでね。安静にね」
　稲積柚春は心躍らせ大きなお腹を揺らし、ウォルター・Bは先回りして彼女の仕事を逐一肩代わりする。
　今は帰省中のメアリ・エヴァンズが言い置いた言葉が柚春のみならず、クールぶったウォルターまでも弾ませている。いわく、「近所の猫が顔を出すかもしれないので、その時はご飯をあげてくださいね」だ。
　柚春が寝子島高校を卒業して何年が経っただろう。大きな膨らみを愛おしく撫でさする。ウォルターとの愛の結晶がこうして結実するまでには多くの出来事があったが、どうにかたどりついた。今は安定期となり、無事に生まれ出でてくれることを願いつつ幸福な待ち時間に焦れるばかりだ。
　そんな時だから身重の柚春を慮るウォルターの気づかいは当然でありながら、柚春にしてみればいささかの息苦しさを感じないこともない。妊娠中だって軽い運動くらいはしたいし気晴らしの時間も欲しい。
「まだまだ暑いし、プールなんてどうかな？　ほら、古いビニールプールが倉庫にあったよね。あれを引っ張り出して来たらどうかなぁ」
「猫は水が苦手な子が多いっていうからねぇ。まぁちょっと、確認してこようか」
「うん、お願いワット！」
　そこへ届けられた、猫来訪のニュース。夏の暑さに海へ出かけることもできず、少しばかりの停滞に気晴らしの機会を欲していた柚春の心へするりと入り込み、今やお出迎えする気満々であった。
「おっ？　あったあった、プールあったよぉ」
「良かったー。じゃあ庭に置いて水を張ろっか」
　プールだけではない。ブラッシングや爪切りの用意もしたし、猫用のおやつも自分で作ったし、必要なら動物の保護団体へ連絡してやる構えもある。とはいえメアリのいわく、毛並みの状態は良いしノミもいないようだし、あまり心配は無いとのことではあった。
「気に入ってくれるかな。何か緊張しちゃうなぁ」
「その子がいつ来るかなんて分からないんだし、あまり気を張っていても仕方がないんじゃない？　見かけたら教えてあげるから、今は身体を休めて……あ」
「え？」
　丸くなったウォルターの目線をたどればそこには、白黒茶色の三毛猫がやってきてどこか物欲しげな目を二人へと向けたところだった。

　猫はやけに人馴れしているようだった。怯えることもなく早足に近寄ってきて柚春の手の平へ額を擦りつけた。
「いらっしゃい、猫ちゃん！　おやつがあるよ、食べてくれるかな？」
　お腹の重たい柚春に代わりウォルターが皿を用意する。この時のために作っておいた、煮干し粉で作ったピザ風猫おやつだ。三毛猫はぱあっと明るい顔をして目を輝かせると飛びつくようにして食べ始めた。
「猫ってこんなに嬉しそうな顔するんだねぇ」
　感慨深くつぶやいた柚春の肩にウォルターの手の平が置かれ、彼も微笑む。何だか本当に人間めいて表情の変化が分かりやすい猫だ。メアリによれば彼女の語りかける言葉にじっと聞き入り、時に慰めるかのように前足を手の上に添えてくれたり優しく顔を舐めてくれたりするそうだ。
「もしかして、言葉が分かるのかな？」
「かもしれないねぇ。お利巧な子だなぁ」
　くりくりと撫でさするウォルターの手に嫌な顔一つもせず抗議の鳴き声も上げず、三毛猫はおやつに夢中だ。ついでなので二人もティータイムとした。レモン風味のチーズケーキに紅茶が香る。

　二人と一匹のお茶会を和やかに楽しんだ。

　三毛猫はプールを恐れるどころか嬉々として飛び込み、そらそのシャワーをかけておくれと言わんばかりに振り向いた。実に人間臭い猫であった。
「ワット、お水お願い！　ほら猫ちゃん、いくよ～気持ちいいよ～」
　ウォルターが蛇口をひねると勢いよく飛沫が散り猫は跳ねた。少し水流を弱めてやるとおっかなびっくり、頭からかぶり心地良さに気づいたか進んで水を浴びるようになった。
「暑いからね。気持ちいいでしょ？」
　柚春が水を撒き、ウォルターが猫用のシャンプーを泡立てて毛並みに逆らうように洗ってやる。猫は抵抗もせず身を任せていた。どうやら気に入ってくれたらしい。
「ふふ……」
　ふと微笑む。想像する。お腹の中ですくすくと育つこの子がやがて産まれ、同じくこうして世話を焼く日を心待ちにしている。今日はその予行演習のようなものだ。ウォルターと二人でかかりきりになるのも悪くない。
「ご機嫌だねぇ、柚春」
「だって楽しいもん。ねー、猫ちゃん♪」
「はは。君はいいお母さんになれるよ、きっと」
「もちろん、そのつもり！」
　未来の育児に思い馳せながら、ご機嫌な三毛猫のもてなしはその後も続き、柚春は二人での共同作業を満喫した。

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