黒雨の日｜リアクション

黒雨の日

　中倉琉歌７月中旬に行われる湘南地区高等学校対抗陸上競技大会に向けて練習と調整に余念がなかった。
　今日はタイムトライアル（100ｍ）で走り込みの練習だ。
「ふう」
　非常に蒸し暑い。更衣室からグラウンドに来ただけで汗が噴き出てきていた。
　琉歌は額の汗をぬぐって、空を見上げた。曇り空、雨が降りそうだが。
（まだ大丈夫そう）
　そう判断して、準備運動をする。
　ここのところ調子がいい。記録も悪くない。今度の大会でも自己ベストを更新したいところだ。
　試合にできるだけ条件を合わせて、タイムを計測する。そうすることで、通常一発勝負の試合の予行演習ができる。
「よーし」
　気合を入れたところで、声をかけられた。
「中倉さん」
　陸上部の同級生だ。
「雨降りそうだけど」
　空の様子で引き上げていくメンバーもいるようだ。
「せっかく着替えたし、一回は走ろうかなって」
「そう？　1回目だけ合図だけしてあげようか？」
「うん。お願い」
　深呼吸をして、スタート位置へ。
「位置について」
　琉歌は足に力を込める。
「よーい、ドン！」
　地面を蹴って、走り出した。湿った空気が後方へ流れ始める。
　加速。その瞬間、土砂降りの雨がグラウンドに降り注いだ。踏み込みも深く、良いスタートを切った。ここで中断したくない。
　汗の滲んだ身体に雨粒が当たって、熱を奪っていく。ぬるま湯のシャワーのよう。
（もう少し）
　全身を強い雨が打ち付けても構わず走り続ける。
　横を通り過ぎた生徒が一瞬だけ、「早っ」と呟いたように気づいた。追い風のせいか、体が押されるようだ。
　もう少しでゴール線。
「ッ！」
　力を込めて、走り抜け、それから速度を落としゆっくりと歩く。
「……はぁ、はぁ」
　と、そこでようやく我に返った。
「え？　なんで土砂降りなの！？　ちょっと全身ずぶ濡れなんだけど！」
　慌てて校舎へと走り込んだ。

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