黒雨の日｜リアクション

黒雨の日

　月原想花は雨の当たる傘を少しだけ上向けて、撮影スタジオを見上げた。
（何回来ても緊張する）
　深呼吸。
（いくら読モになったからって僕がビビりでヘタレなのは変わらないから）
　今日は読者モデルをやってる『17ans』の撮影日だ。なりゆきで始めた仕事ものの、常に自信のない想花にとっては新鮮な世界だ。
「おはようございます」
　スタジオに入ってから挨拶をし、すぐにヘアメイクなどに入る。
　スタイリストさんやメイクさんのおかげで見た目だけは「クールで大人びたサイボーグビューティ」だ。無理に笑わなくてもそのままがいいとフォトグラファーやスタッフさんに言われてる。これに関しては非常に気が楽だ。始まってしまえば、楽しい瞬間もある。
（う……手が震える）
　緊張する瞬間もかなり多いが。
　スタジオでの撮影もそこそこに、寝子島のシーサイドタウンでのロケへ。地元でのストリートスナップを撮ることになった。
　屋内はともかく、外での撮影は何となく苦手だ。割と人目もあるし、「綺麗〜」とか「モデルさんだ、細ーい」などとお褒めの言葉が飛んでくる。
　今日はシンプルなブラウスにタイトなロングスカート。フォトグラファーからの「やや気だるげでクールな表情」が上手いと褒められたが、普通に通常運転だった。
（早く終わらないかなぁ）
　そんなことを思いながら、路地で猫と一緒に撮影していた時のこと。
「！」
　背中に大粒の雫が当たって少し驚いた。
　空を見上げると、濃い灰色の雲が真上に浮かんでいて。
　突然、激烈な豪雨が襲った。スタッフ共々近くの店の軒下に避難したが、あっという間に全身ずぶ濡れ。　
（今日は中止かな）
　想花の隣でカメラを覗きながらフォトグラファーとスタイリストが会話をしている。
「す、凄いですね」
「ああ、そういえば天気予報が晴れから雨だったか」
　撮影は半分以上進んでいたのが幸いだった。
「よし、月原さん」
「あ、はい」
「雨の中のストリートスナップ撮ろうか。濡れた髪とか肌とかちょっと切なげな雰囲気がまた違った味があるから」
「！」
　確かに雨の日の写真は惹かれるものがあるが。
「えーとでも」
　今でもちょっと寒いのだが。
「大丈夫、短時間で終わらすから。まずは、こう、濡れた髪をハンカチで拭いてみて」
　それから、雨の街で立ち尽くすクールな女性をテーマに数枚。確かに三十分以内に終わったものの、
「ハックシュッ」
　変なくしゃみをしてしまい、鼻が痛い。
「大丈夫？」
「ごめんごめん、スタジオのシャワー借りていってね」
　メイクさんやフォトグラファーさんが心配してくれる。
「だ、大丈夫です」
　震えるほど寒くはないが、熱いシャワーは早く浴びたい。
　そうして引き上げようとしたところで、近くの中学生2人に声をかけられる。
「あ、あの！　撮影凄く綺麗でした！」
「え、あぁ」
　どうやら、『17ans』を知っているらしい。彼女達は絶対買います、と言って楽しそうにしながら、去って行った。
「ハックシュ！」
　後日、普通に風邪を引いた。

このページにイラストを設定する