おかしな詰め合わせ｜リアクション

おかしな詰め合わせ

　湿っぽい梅雨が明けて陽射しが強くなる。涼を求めた人々で通りの喫茶店は大いに賑わった。
　綾辻綾花と早川珪は恋人らしく手を繋ぎ、三角屋根の店舗に入っていった。
　即座に女性スタッフが対応して二人掛けのソファに案内した。
「メニューは選んだ書籍で決まります。気に入った一冊を当店の書架からお選びください」
　丁寧に頭を下げると新たな客の元へ向かう。
　綾花は壁の一部と化した書架を見て言った。
「どこから探せばいいのでしょう」
「ジャンルで決めたらどうだろう」
　珪の提案を受けて綾花の心が決まる。
「恋愛小説にします」
「理由はあるのかい？」
「今はそういう甘酸っぱい小説を味わいたい気分なのです。珪さんは嫌ですか？」
「僕も甘い気分に浸りたいと思っていたところだよ」
　二人は店内でも仲睦まじく手を繋ぎ、書架を巡って一冊を選び出した。
　ソファに戻ると通り掛かった男性スタッフに書籍を渡した。
　綾花は珪に寄り添った姿で口にした。
「どのようなものが運ばれてくるのでしょう」
「スタンダードなイチゴのショートケーキかな」
「私はレアチーズケーキにブルーベリーソースが掛かっているものを想像しました」
「ありそうだ」
　その談笑の最中、女性スタッフが一品を運んできた。
　各々の前に置かれた皿には書籍の形をしたものが載っていた。側面はクリームの白とスポンジの黄色、それと間に挟まった薄いイチゴが頁を表現していた。
　精巧な作りに綾花はフォークを手にしたまま横目をやった。
「ドキドキします」
「本当に？」
　珪は綾花の手を取り、自身の膝に導いた。
「綾花の緊張は伝わらないが、この姿だと甘酸っぱい気分になるね」
「……観葉植物で周りから見えなくても、少し緊張します」
「その緊張を解す方法を試してみようか」
　珪は綾花の耳元で囁く。恥ずかしそうにしながらも頷くとフォークでケーキの角を掬う。珪も同じようにして互いに食べさせる形となった。
　二人は甘ったるい笑みで味わうと周囲が陽炎のように揺らめいた。

　放課後の図書室には疎らに生徒が残り、自主勉強に励んでいた。
　細長いテーブルの左端。制服を着た綾花と珪が並んで座っていた。テキストを見ながらノートに答えを書いていく。
　綾花の鉛筆が止まった。テキストの設問を見ながら渋い表情を作る。
「あの、珪先輩、解き方を教えて欲しいのですが」
「その前に」
　珪は綾花の唇に軽くキスをした。斜め前にいた女子は気付いていない様子で参考書の内容をノートに書き写す。
「こんなところで……別にいいですけど」
「恋人だし。それで、どれ？」
「設問五です」
「ああ、これか」
　更に顔を近づけると珪は二回目のキスをした。綾花は慌てて視線を周囲に向ける。
　通り掛かった男子と目が合った。不思議そうに首を傾げると廊下へ出ていった。
「珪先輩、意地悪はしないでください。勉強に集中できません」
「実を言うと僕も同じなんだ。後輩が可愛くてキスが止められない」
　珪は白い歯を見せて綾花の手を握った。指を絡ませたが文句は出なかった。
「テーブルの下なので、いいです……」
「放課後の図書室は最高だね」
「勉強は捗りませんが」
　すねたように言う綾花を見て珪は目を細めた。
　握る手に力が入る。見つめ合う目が熱を孕み、どちらともなく唇を合わせた。

　甘い時間は過ぎ去った。二人は驚いたような目で見つめ合う。
「ここは図書室、ではないですね。不思議な体験をしました」
「僕は先輩と呼ばれていた。綾花と同じ学生だったね」
「小説の中の人物になっていたようです。凄くドキドキしました」
「原理はわからないけど、そうだね。そのドキドキはどんな感じ？」
　珪は笑って顔を寄せてくる。綾花も顔を寄せて軽く唇を合わせた。
「もちろん、恋人同士で感じるドキドキです」
「今の僕にはよくわかるよ」
　二人は微笑み、先程よりも深く繋がった。

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