anything｜リアクション

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　青森旅行を翌日に控えた朝だった。
「おはよう、綾花さん」
「おはようございます！　それじゃ、行きましょうか」
　待ち合わせ場所のシーサイドタウン駅前へやってくるなり早川珪の声と微笑みに触れ、綾辻綾花もするりと頬を緩めた。欠乏していた珪成分が満たされてゆく。ここ数日の緊張がいくらか解れて、胸の内の充足感に綾花の笑みは深まった。
「いやぁ、明日だね」
「はい。何だか緊張してきちゃいました……」
「ははは、僕も少し」
　それはそうだ。
　青森には珪の実家がある。彼の両親は転勤が多かったそうで、幼い頃などはことに全国を転々としていたようだが、今は青森に落ちついているという。その両親へ挨拶にゆくのだ。観光旅行も兼ねてはいるが、義父母ともなるだろう二人と初めて顔を合わせるにあたり、綾花の胸を珪との触れ合いとは別種の動悸が揺らした。
　何と挨拶をしようか。三つ指突いて頭を下げるべき？　ちゃんと目を見て話せるだろうか。今から何とももどかしい思いであった。
　珪はそんな綾花を見て苦笑いする。
「まぁそんなに固くならなくてもいいよ。綾花さんのことは話してあるし、悪いようにはならないから」
「うぅ～。そうなんですけど、やっぱり緊張しちゃいます」
　彼ははははと軽やかに笑い、綾花の頭へ手のひらを乗せた。大きな彼の手は綾花へ安堵をもたらしてくれる。
「大丈夫」
　静かにそう言われると確かに、大丈夫な気がしてくるのだ。

　珪の両親に会うにあたって彼らへの手土産を買うというのが今日の趣旨であったが、これがいささか難航した。
「なにがいいんでしょうか……」
「寝子島ならではのものがいいかな、と思うけど」
　贈るほうも受け取るほうも気軽な菓子などが良いだろう、と決めたもののなかなか候補を絞れない。これといったものが見つからないわけではなく、むしろ候補がありすぎるのだ。寝子島の美味い物を挙げれば実に切りがない。
「何でも喜ぶんじゃないかな。これなんかどう？」
「そ、それはさすがに」
　土産屋に鎮座する「ちょっとと」のサンマさんバージョンも決して悪くはなかろうが、壮年のご両親への手土産にはいささか軽い気がする。やんわりと却下しつつ綾花は周囲へ瞳を巡らせた。
「甘い物はお好きですか？」
「そうだね、良く食べてたよ」
「逆に、塩気のある物は」
「煎餅やおかきなんかも好きだったな」
「お酒とかは……」
「何でも飲むよ、酒豪ってわけじゃないけどね」
　目に映るあらゆるものが候補となり、綾花の頭をぐるぐると巡り始める。寝子島限定ちょっとと。ニャリッツ。寝子饅頭。寝子島サイダー。ねこ☆ビール。
「んんんんん……！」
　しばしそうして悩んだ末、最終的には銘菓寝子饅頭としらすのちりめんじゃこ、フレーバーの異なるねこ☆ビール三本セットに決めた。

　土産を無事購入しいくらか気持ちも軽くなったところで、昼食にすることにした。今日は珪の部屋でパスタを作る。外食も悪くないが、彼には手料理もたくさん食べてもらいたいので。
「今日はいかとあさりのペスカトーレです」
「おっ、美味そうだね」
　皿を卓へ運ぶと、そこには青森旅行にまつわるパンフレットが並べられていた。隙間に皿を置き、いただきます。
「いっぱい集めましたね。見てるだけでわくわくしちゃいます」
　両親への挨拶の後、青森観光へ繰り出す予定だ。定番のリンゴ狩りやねぶた祭、絶景・名勝だって数多ある。とはいえ旅程はそう長くはないからいくつか絞る必要があるだろう。
「一日目は僕の両親に会って、ねぶた祭を見て。いい宿も取れたから、ゆっくり過ごせるよ」
「はい。あの」
　少し身を乗り出し、耳元に唇を寄せた。
「夜は、その……可愛い下着、用意してます、から」
　勇気を出して言ってみたが、顔から火が出そうだ。照れ隠しのように彼の指へ指を絡める。ふと見上げると、彼の頬もまた紅潮していた。
「ええと。楽しみにして……んんっ」
　彼もまた照れ隠しの咳払い。
「ふふっ」
　二日目の予定はまだふわりとしている。リンゴ狩りは外せないがその後は青森県の良いところを存分に楽しむつもりだ。
「そういえば、着ていく服が決まらないんです。気温とかどうなんでしょうか」
「そうだなぁ、今時期の青森なら……」
　相談は弾むように進んだ。
　明日の朝は珪が迎えに来てくれて、彼の車で駅へ向かう。朝も早いが、ちゃんと起きられるだろうか？
　いつのまにやら綾花は、自身の胸に満ちた不安が残らずわくわくに塗り替わっていることに気づいた。綾花は微笑みのままに、脈絡もなく彼の頬へキスを寄せた。

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