終わらない宇宙｜リアクション

終わらない宇宙

「やぁやぁ。我らのトレーダーアウトポストへようこそ。歓迎するよ」
「はぁ……」
　桜井ラッセルはおずおずと手を伸ばし差し出された相手の……いささかヌメッとした水かきのある手を握った。陸に上がったトカゲのような種族は、この宇宙に広く分布しているポピュラーな異星人であるらしい。四つある目が互い違いに瞬くのを、ラッセルは思わず興味深く見つめた。
　宇宙船に搭載されたＡＩによるおまかせ宇宙旅行として訪れた惑星だが、なかなかの風光明媚だ。桃色の空がどこまでも続き、平野には地に咲く桜のような花が一面に広がる。花たちは花弁を発光する性質を持ち、風に揺れるたび光の波が明滅し流れていく。その上を空飛ぶ蛸のような生き物が浮かび、虹色の触腕をくねらせながら宙を漂っていた。ラッセルは目を白黒させてそれを眺める。
「すっげーなぁ……」
「なぁ見ろよ晴月、またヘンな宇宙船が来るぜ」
「ヘン！　すっごいヘン！　おもしろいね、千里！」
　トレーダーアウトポストというのは異星人同士の交易所であるようで、宇宙船の離発着用パッドがいくつもあり、引っ切り無しにコンテナ船がやってきては飛び立ってゆく。それらを見物している風の精晴月と海道千里は大いにはしゃぎ、晴月などは降り立つ宇宙人たちの多様な姿形を目にしては機嫌よくぱちぱちと手を叩いたりしていた。ラッセルは微笑ましく目を細めるが、千里の笑みにやや複雑な思いを抱いたりもする。
「俺が彼氏なんだけどな……もしかしたら晴月も、心底陽キャラの千里といたほうが楽しめるんじゃ」
「ん、何か言ったかラッセル？」
「いや、何も。ほんとにすげーとこだよな」
「ああ、すげー景色だ。来てよかったな。な、晴月」
「うん！」
　恋人、晴月は天真爛漫で相手を選ばず笑顔を見せる。ラッセルが特別な存在であることは揺るぎないはずだが、少しばかり不安になったりもするのだった。
　そんな友人を気遣ったものだろうか、千里が言った。
「旅行者向けのツアーなんてのがあるんだな。ようラッセル、晴月と二人で行って来たらどーだ？」
「えっ、二人で？」
　悪戯っぽく言った千里はこう見えて気配りの人である。晴月とも友人として接しながら、ラッセルへのフォローも忘れない。
「晴月にいいとこ見せたいんだろ？　ここはお前が男らしくぐいっとリードしてだな」
「えーっ？　千里も一緒に行こうよ！　三人のほうが楽しいよ！」
　のだが、これに晴月が唇をとがらせた。愛しの彼女の要望ならば、そちらを優先すべきだろう。
「……だってさ。悪いなラッセル、オレも一緒に行かせてもらうぜ」
「分かったよ。分かったから、その勝ち誇ったような顔をやめろ……」
　まぁ、賑やかで退屈はしないはずだ。

　ツアーは二足歩行のビークルに乗り込み、ＡＩナビゲーターのガイドに従って道なき道を行く、なかなかにハードで険しいものだった。
『えー、あちらに見えますのが当惑星で最も高いスゴイタカイ山で、そのふもとを流れる大河はナガレハヤイ川と呼ばれておりまして』
「この翻訳機、ちゃんと動いてるのか？　どうも適当な気がするんだが……」
「うおお、こいつはすごいぞ！　バイクなんて目じゃないぜ！」
　操縦は千里が担当する。ビークルは軽快に山野を駆け、深い谷をひとっとびし、時に凶暴な原生生物をショックライフルで追い払う。
「すごいすごい！　私が飛ぶより早いね、ラッセル！」
「そ、そうだな。すごいな……千、もうちょっと安全運転してくれねーか！？」
「何言ってんだ、こんな機会めったにないだろ！　思いっきり飛ばすぜ！」
「うおおおお！？　待て、もう少しスピードを落として……」
「あははは、すごーい！」
『右手に見えますのが当ツアーの目玉、惑星最大の捕食生物スゲエヤバイライオンでして、今まさにお客様を捕食すべく猛然と』
「おいおいおい、何かでかいのが走ってくるんだが！？　大丈夫なのか！？」
『本ビークルの耐久性能は機動性を確保しつつツアーのスリルを存分に味わっていただくためにあえて最低水準となっておりまして』
「やべーじゃん！！　おい千、全速力で飛ばせ！」
「おう、任せろ！」
「あはははは！」
　跳びはねるビークルの窓から眺める視界は風のように流れてゆく。光る花弁が風に揺れ、ほむらのごとき波となって彼らの旅を演出した。
「うおっ、すっげー！　あんな深い谷を一気に飛び越えたぞ！　な、すっげーな晴月！」
「うんっ！　あっ、ねぇ見てラッセル、あそこ！　月が一つ、二つ……三つ、四つも！」
「でっかいなぁ。すっげーなぁ……！」
「ったく。どっちが子供なんだかな」
　何だかんだと目を輝かせて楽しむラッセルと晴月を、千里は苦笑いしつつ、そして微笑ましく眺めていた。

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