●演目：晴月とラッセルの『赤ずきん』　（シャルル・ペロー原作）

　やっほー、私、風の精 晴月だよ！
　じゃなかった。赤ずきんだよ！　いいの、ここではそーいうことにしといてっ。
　私は赤ずきんだから、赤い頭巾をかぶってるんだよね。ほらこれ、ふわっとした感じで、でもしっかり頭をつつんでくれて、リボン飾りで胸のところでゆわえてあるんだ。もちろんとってもお気に入り！　遠くから見たって、すぐに私だってわかると思うよ。
　つぎに目を引くのが、白いブラウスの上のコルセット！　どう？　ちょっとドキドキしちゃうでしょ。編み上げ状になってて、ウエストがちょっとだけきゅっと絞られてる。これがあるだけで、なんだかとってもレディーの気分だよ。
　スカートだって赤なんだ。ふわふわとボリュームがあって白いフリルもついてて可愛いの。センスいいと思わない？　だってこれ、選んでくれたのはラッセルなんだもん。
　……あ、そか、まだ言ってなかった。ラッセルってのは桜井 ラッセルのこと。ラッセルは私のー、私のー……えーと、あらたまって一言でいうのはまだ照れくさいや。でもね言っちゃう、恋人！　でなきゃラヴァー！　といってもゴム（rubber）じゃなくてloverなので皆様くれぐれもご注意あそばせ。って、いきなり口調が変になったのは、うん、お察しの通りで。へへへ。
　それから忘れちゃいけないのが、モヘアのブーツだよ！ これ、白いぼわぼわがついてて、足元が温かくてすごく快適なの。ちょっとおしゃれにも見えるし、けっこう歩きやすいんだよね。フランス映画の女優さんみたい。ぼわぼわが、たまに小さな葉っぱとかを拾ってきちゃうのがちょっと困るけど、まぁ、私の場合飛べばいいだけのことだし、気にしない気にしない。
　というわけで私は、ラッセルとデートするために童話の世界にやって来たんだよ。
「いや、そうじゃなくて」
　森の小路からひょっこりラッセルが出てきた。
　ラッセルー！　好きー！　キスしてー！
　私はラッセルに駆け寄ったんだけど、ラッセルは両手で私をおしとどめた。それで、
「待て待て待て、とりあえず筋書き通りに進行しよーぜ」
　なんて困ったように言うんだから。もう。
　私、ラッセルを困らせたくないから、「はーい」って返事した。
　でもなぁ。どうせ夢なんだし、私はただ、イチャイチャしてるだけでいいんだけどなあ……。
　それでラッセル、つぎの展開はどうなるの？
「赤ずきん晴月は、ガレットとバターをつめたバスケットさげておばあちゃんの家に行くんだ」
　え？　『赤ずきん晴月』？
「んー？　くっつけて呼んでみたけど、イヤだったか？」
　やなはずないよー。それいいなぁ、って思ったの。これで混乱しないよね。
「おう、バッチリだ！」
　ラッセルは親指を立てたんだ。バッチリ！　いい言葉だね！
　おっと、ここで場面転換ね。

　風車の近くの小さな住宅、白い壁のその家で、丸眼鏡をかけた私は針仕事をしているの。
　――って、『おばあちゃん』の役も私なんだ！？　ひとり二役？　役者すくなすぎない？
「まあそこは、演技力の見せどころってことで」
　ラッセルのささやきが聞えたので、しょーがないなー、役に没頭することにしたよ。白髪のカツラもかぶってる。ぶかぶかすぎて緑の地毛が見えてるけど、ここは見えないことにしてね？　ね？
　げほげほ、赤ずきんちゃんはまだかねえ。
　おばあちゃん晴月になりきって、私は大げさに咳きこんでみた。げほげほ。
　そこにノックの音がした。
「誰だい？」
　しゃがれ声で私は返事する。するとドアの向こうから声がしたんだ。
「ワタシヨ、赤ズキンヨ」
　あははははは……！　ラッセルの裏声かわいー！
「役を忘れないでくれー」
　ラッセルのささやき声。うい、ごめんごめん。
　よっこらしょ、と大げさに立ち上がって私はドアを開けたんだ。
　すると！
　きゃー。
　戸口にはモスグリーンのフードをかぶったラッセルが立ってた！
　ただのフードじゃないんだよ。頭からキュートなワンちゃんの耳が飛びだしてた。
「いや、狼なんで」
　そうでした。
　ラッセルのお尻にはふさふさした尻尾までぶらさがってる。
　ラッセル会いたかったー。
　思わず抱きつきそうになる私、でも、ここでいまさらながら役者魂を取り戻し、ひえーと悲鳴をあげてラッセル狼に食べられてしまったんだ。
　実際は、ラッセルに連れられて舞台袖に駆けこんだだけだけど。
「それ、言わなくていーぞ晴月」
　ごめんごめん。
　でもさあ、ラッセル。質問、ひとついい？
「どした？」
　ふと思ったんだけどさ、ここで言う『食べられた』って性的な意味じゃないよね？
「そ、そういうこと言わなくていいから！　ていうか全然ちがうしっ！」
　ラッセルが真っ赤になって慌てる様子が面白くて、つい笑っちゃう。でもほら、なんでか知らないけど、ここでは私が語り主だからね。ちょっとくらい自由にしゃべったっていいじゃない？
「とにかく、次に進むぞ」
　うんうん、わかった！　でもさ、ラッセル、私たちもうちょっと手をつないでてもいいかな？
「いやー、それも台本にないからなあ」
　じゃあさ、森の中でちょっとお茶会とかしない？　さっきのバスケットにはガレットがあるし、森でピクニックって素敵じゃない？
　私はくるっと回って赤いスカートをひらめかせてみせた。
「それも悪くねーけど、そうすっと本筋から外れちゃうからなあ……」
　ラッセルは深く息をついた。なんだかちょっと疲れてるみたいだけど、私が楽しんでるのを見て、怒ったりはしないのがラッセルの優しいところ。あー、ほんと好き！
「晴月の語り、ぜんぶダダ聞えてるんで……」
　あ、ラッセルってば赤くなっちゃった。