ケーキを食べよう！｜リアクション

ケーキを食べよう！

　12月のある日。
　ウォルター・Bと結婚した稲積柚春は、夫と共にクリスマスケーキを作る練習をしていた。
「分量はこれでよしっと。ワット、粉をふるうのお願い」
「よしきた」
　卵白を泡立てたりなど簡単な作業をウォルターに任せ、サクッと混ぜ合わせるなどコツのいる作業を柚春が担当していた。
「先月から洋酒に漬けておいたドライフルーツはどうかな？　僕は味見ができないから、ワットお願い」
　洋酒の味見ができない理由は、柚春のふくらんだお腹にあった。
「うん。……これは美味いねぇ」
　そう言いながらウォルターは二つ目のフルーツに手を伸ばそうとする。　
「ワット、味見だからね？　一口で終わりだよ」
「いや、もう一か所くらい味見しないと全体の味がわからないよぉ」　
「もう……お菓子作りは工程で寝かせるものと、焼き上げてから数日寝かせるものとがあるから、今日食べるお菓子は別で作ろうね」
「それは嬉しいねぇ」
「毎日ちょっとずつ味比べをするのも、シュトレンみたいで楽しいかも」

　数日後。
「出来映えはどうかな」
　柚春が寝かせていたお菓子をテーブルに並べていると、不意にドアをノックする音がした。
「はい？」
　ウォルターは隣にいるし、メアリは出かけているはずだ。
　誰が？　と思う間もなくドアが開き、現れたのはイギリスにいるはずのウォルターの父親だった。
「おお、ウォルターにユズハさん！　会いたいと思っていたが、願いが叶うとは！」
　ウォルターと同じ色の瞳を輝かせて言う。
「……ええっ？！」
　ちなみに話されているのは英語だが、リアクションでは日本語訳している。
　その後ろからはウォルターの母も顔を出した。
「ご機嫌いかが？　会えて嬉しいわ、ワット、それにユズハさん」
　ウォルターと同じ色の髪、そしてウォルターに似た面差し、だがこちらは碧の瞳だ。
（サプライズで来てくれたのかな？　それとも何かフシギな現象で？）
　ぽかんとしながら母とキスを交わすウォルターを見ながら、柚春は考えた。
（とにかく失礼がないように精一杯おもてなししないと……緊張するなぁ）
「驚いたよ、どうしてここに？」
　ウォルターの質問に、父親は答えた。
「私にもわからない。クリスマスの奇跡ってやつかな？」
「ユズハさん、体の具合はどう？　もうすぐ生まれるのでしょう？」
　優しく声をかけてくれる母親に、柚春は言葉を探す。
「はい……僕もこの子も元気です、ありがとうございます。今お茶を淹れますからお座りになってください」
「お構いなく。あなたも休んでいてちょうだい。メアリは？」
「買い物に行ってるよぉ。お茶なら僕が淹れるから」
「いいよワット、僕がやるからお父さんお母さんとお話ししていて」
　
　お茶の支度をしながら柚春は思う。
（ワットは家族仲もいいし、過去とも向き合えるようになった……はず。だからクリスマスは、こうして家族と過ごせるほうがいいよね）
　お茶を手にノックすると、すぐにウォルターがドアを開けてくれた。
「お父様お母様、どうぞ」
「ありがとう。……そういえばもう名前は決めたの？」　
「まだだよぉ。やっぱり、顔を見てから決めたいからね」
「黒髪なら、日本の名前のほうがいいかねえ」
　嬉しそうなウォルターと両親の顔を見ながら、柚春はちょっとだけもやもやを感じている。
（……でも今は、僕と家族になってくれたから。来年は、子供を連れて本場のクリスマスを楽しみたいな）
　
　両親が笑いあっている隙に、こっそり柚春はウォルターに耳打ちする。
（来年はまた宿り木の下でキスをしようね）
　ウォルターは、黙ってウィンクを返してくれた。

　帰ってきたメアリがドアを開けた時。
　ウォルターの両親の姿は消えていた。　

このページにイラストを設定する