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- 学年：職業
- 00月00日生 00歳
- AAA000000
時の流れの狭間にて
鳥はもはや羽ばたくことはないのか。一時のものだと信じたい。翼持ちながら動かすことさえできないだなんて、まるで……まるで呼吸ができないみたいだ。
桜井 ラッセルはどうにかツバメに自由意志を取り戻そうとしばし奮闘したものの、いくらか羽毛を逆立たせることができたくらいで再び動き出すことはなかった。
「時間が止まってる、のか？」
奇妙な感覚だった。そこにはほの暗い歓喜と暗澹たる寂寥が混在していた。時の止まった寝子島を一人闊歩するのは爽快で何からも解放されたように感じるがそれでいて、己が何からも隔絶された時の牢獄とも思われる。
永劫このままでは無かろうという安堵もいくばくかある。きっと神魂の影響であろうから。しかしそれを誰が保証してくれるわけでもない。それに、例えば友や恋人がこの状況に恐怖を覚えていないとも限らないではないか。ラッセルのように止まった時の中を動ける代償として、どこかで不安に震えているかもしれないではないか。とりわけ風の精 晴月の現状は気になった。名のごとく飄々とした彼女はそんじょそこらの少女とはわけが違うが、恋人を案じずにはいられなかった。
「考えてても仕方ねぇ。うし、ちょっと探してみっか！」
燻り悩むより足を使って打開するほうがよほど自分らしいとラッセルは知っている。
歩き出すと街並みに人々の姿が見え、時の停止を強く実感する。
「ほんとにみんな止まってんだな……」
表情も変えずなびく髪も形を変えず、主婦らしき女性は自転車をこぐままに、少年はカプセルギアを握り駆けてゆくままに、老爺は杖を突く瞬間のままにぴたり動きを止め微動だにしない。面白いことだが徐々に楽しみより奇妙な感覚が勝った。ずっとこのままであったらという漠然とした焦燥が蛇のように鎌首をもたげてくる。
「晴月……どこにいるんだ」
次第に足が重くなるが、ふと前方に見えるスーツ姿の男性の手にしているものが目についた。歩きながらのスマートフォンは感心しないがそれはさておき、ラッセルは飛び跳ねた。
「そうだ、スマホ！ 文明の利器に頼ればいいじゃねぇか！」
天啓のような思い付きだったが、取り出したスマホはスリープ状態から戻らなかった。電気や電子も静止しているのだろうか。
「ダメか……」
しばらくあれこれ試してみるも動かず、深くため息をつきながらポケットへ押し込んだ。
再び歩き出す。見慣れた道を行くのになぜこうもまとわりつくような重みを足に感ずるのだろう。
もはや見知った誰とも出会わぬまま孤独に狂い、最後は自ら縊死することを選択するのではなどと飛躍した思考がちらと頭の片隅に覗き始めた頃のことだった。
「……ああ」
と喉から空気が漏れ出した。
晴月は電灯の上に腰かけ下界を俯瞰していた。巻き起こした風が眼下の花壇に散った花弁を巻き上げ、彼女のたたえる美を鮮烈なまでに演出していた、そう彼女は美しかった。恋人であるからと贔屓目で見ているわけではない、ラッセルは学生ながら美を追求する探訪者である。胸中に浮かぶ言葉に妥協はない。
そんな至上の美の一瞬が、ラッセルの瞳の中に切り取られていた。
「…………」
黙したまましばし見入った。彼女は穏やかな顔で景観を楽しむままに静止している。ラッセルの胸には誇らしさと安堵が満ちた。
鉄塔に歩み寄ると備え付けられた梯子を登る。少しぐらつくが恐ろしくはなかった。鳥になり大空を舞ってきたラッセルだからいくらか慣れている。
「よっ、と」
晴月の隣に腰を下ろした。彼女の頬にそっと触れてみる。あたたかい。時が止まってもぬくもりは保たれている。髪を撫でる。ラッセルの指に合わせて形を変える様はまるで風を手で整えるかのようだった。
美しかった。しかし物足りない思いもあった。
「やっぱ、俺……動いてるお前を描きたいよ」
絵を描くとは感動の一瞬をキャンバスへ塗り込める行いだ。感情を切り取る試みだ。静止した被写体はその姿形を観察し正確に心へ焼き付けるには便利だろうが、生きて動く晴月の滑らかな仕草、感情の変化と共に移り行く表情の愛らしさ、佇む彼女のなびく髪の美しさとは比べるべくもない。
イメージのキャンバスへ思うまま絵筆を振るった後に、ラッセルは晴月の膝へそっと頭を乗せた。あたたかいがやはり少し味気ない。
まぶたを伏せしばし風の吹かないぬるい心地を堪能すると、ラッセルは告げた。
「さて。俺のできることをやってみるよ。また帰ってくるから、待っててな」
半身を起こし笑いかけ、はしごを降りる。そばにいてもこの孤独が癒えないのなら、打開を試みてみよう。いてもたってもいられない。
ただただ彼女に笑いかけてほしくて、ラッセルは振り返らずに駆けた。
桜井 ラッセルはどうにかツバメに自由意志を取り戻そうとしばし奮闘したものの、いくらか羽毛を逆立たせることができたくらいで再び動き出すことはなかった。
「時間が止まってる、のか？」
奇妙な感覚だった。そこにはほの暗い歓喜と暗澹たる寂寥が混在していた。時の止まった寝子島を一人闊歩するのは爽快で何からも解放されたように感じるがそれでいて、己が何からも隔絶された時の牢獄とも思われる。
永劫このままでは無かろうという安堵もいくばくかある。きっと神魂の影響であろうから。しかしそれを誰が保証してくれるわけでもない。それに、例えば友や恋人がこの状況に恐怖を覚えていないとも限らないではないか。ラッセルのように止まった時の中を動ける代償として、どこかで不安に震えているかもしれないではないか。とりわけ風の精 晴月の現状は気になった。名のごとく飄々とした彼女はそんじょそこらの少女とはわけが違うが、恋人を案じずにはいられなかった。
「考えてても仕方ねぇ。うし、ちょっと探してみっか！」
燻り悩むより足を使って打開するほうがよほど自分らしいとラッセルは知っている。
歩き出すと街並みに人々の姿が見え、時の停止を強く実感する。
「ほんとにみんな止まってんだな……」
表情も変えずなびく髪も形を変えず、主婦らしき女性は自転車をこぐままに、少年はカプセルギアを握り駆けてゆくままに、老爺は杖を突く瞬間のままにぴたり動きを止め微動だにしない。面白いことだが徐々に楽しみより奇妙な感覚が勝った。ずっとこのままであったらという漠然とした焦燥が蛇のように鎌首をもたげてくる。
「晴月……どこにいるんだ」
次第に足が重くなるが、ふと前方に見えるスーツ姿の男性の手にしているものが目についた。歩きながらのスマートフォンは感心しないがそれはさておき、ラッセルは飛び跳ねた。
「そうだ、スマホ！ 文明の利器に頼ればいいじゃねぇか！」
天啓のような思い付きだったが、取り出したスマホはスリープ状態から戻らなかった。電気や電子も静止しているのだろうか。
「ダメか……」
しばらくあれこれ試してみるも動かず、深くため息をつきながらポケットへ押し込んだ。
再び歩き出す。見慣れた道を行くのになぜこうもまとわりつくような重みを足に感ずるのだろう。
もはや見知った誰とも出会わぬまま孤独に狂い、最後は自ら縊死することを選択するのではなどと飛躍した思考がちらと頭の片隅に覗き始めた頃のことだった。
「……ああ」
と喉から空気が漏れ出した。
晴月は電灯の上に腰かけ下界を俯瞰していた。巻き起こした風が眼下の花壇に散った花弁を巻き上げ、彼女のたたえる美を鮮烈なまでに演出していた、そう彼女は美しかった。恋人であるからと贔屓目で見ているわけではない、ラッセルは学生ながら美を追求する探訪者である。胸中に浮かぶ言葉に妥協はない。
そんな至上の美の一瞬が、ラッセルの瞳の中に切り取られていた。
「…………」
黙したまましばし見入った。彼女は穏やかな顔で景観を楽しむままに静止している。ラッセルの胸には誇らしさと安堵が満ちた。
鉄塔に歩み寄ると備え付けられた梯子を登る。少しぐらつくが恐ろしくはなかった。鳥になり大空を舞ってきたラッセルだからいくらか慣れている。
「よっ、と」
晴月の隣に腰を下ろした。彼女の頬にそっと触れてみる。あたたかい。時が止まってもぬくもりは保たれている。髪を撫でる。ラッセルの指に合わせて形を変える様はまるで風を手で整えるかのようだった。
美しかった。しかし物足りない思いもあった。
「やっぱ、俺……動いてるお前を描きたいよ」
絵を描くとは感動の一瞬をキャンバスへ塗り込める行いだ。感情を切り取る試みだ。静止した被写体はその姿形を観察し正確に心へ焼き付けるには便利だろうが、生きて動く晴月の滑らかな仕草、感情の変化と共に移り行く表情の愛らしさ、佇む彼女のなびく髪の美しさとは比べるべくもない。
イメージのキャンバスへ思うまま絵筆を振るった後に、ラッセルは晴月の膝へそっと頭を乗せた。あたたかいがやはり少し味気ない。
まぶたを伏せしばし風の吹かないぬるい心地を堪能すると、ラッセルは告げた。
「さて。俺のできることをやってみるよ。また帰ってくるから、待っててな」
半身を起こし笑いかけ、はしごを降りる。そばにいてもこの孤独が癒えないのなら、打開を試みてみよう。いてもたってもいられない。
ただただ彼女に笑いかけてほしくて、ラッセルは振り返らずに駆けた。
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2024年12月09日
- 参加申し込みの期限
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- 2024年12月16日 11時00分
- アクション投稿の期限
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- 2024年12月16日 11時00分
