その日、あなたに出会った｜リアクション

その日、あなたに出会った

　緋埜伊吹は、２年の４月に寝子高に転校してきた。
　黒マスクに喉には包帯という異様な姿で、そのうえ無口な伊吹にクラス担任の早川珪先生は言った。
「昼休みや放課後は図書室にいることが多いから、何かあったら気軽に来てね。もっとも僕の出る幕はないかも。みんないい子だから、緋埜さんの面倒を見てくれると思うよ」
（そんなお人よしいるのか？）
　と伊吹は内心思ったが。

　授業後。
「緋埜くん、ノート見せてくれない？」
　隣の席の田中に言われ、伊吹は驚いた。
「なんで俺に？」
「夕べ遅くてさっきの授業居眠りしちゃって。目が覚めたら緋埜くんがノートしっかりとってるのが見えたからさ」
「……これでいいのか？」
　ノートを渡した伊吹に、隣の田中は嬉しそうにお礼を言った。
「サンキュー、助かる！」　

　またある時。
「なあ、ここわからないんだけど教えてくれない？」
　古典の授業の後、後ろの席の坂口にそんなことを頼まれたりもした。
「俺に聞かずに他のクラスメイトに聞いた方がいいんじゃないのか？」
「なんで？　緋埜くんノートもちゃんととってるし席も前じゃない？」
「……頼まれたからには手は尽くすが、期待はしないでほしい」
　なんだかんだ教えながら、伊吹は担任の言葉を思い出す。
（……面倒を見てるのは俺のほうじゃないのか）

　昼休み、伊吹は屋上でぼんやり景色を眺めていた。
（ここは居心地がいい）
　人混みを俯瞰するように眺められるし、地獄耳なこともあってか少しの雑談程度なら聞こえる。
（やっぱり俺は穏やかな空間の外にいて、それを眺めるだけで十分だ）
　しかし、誰かが屋上につながる階段を駆け上がって来る足音がした。
（まさか）
　知らないふりをするつもりだったが、クラスメイトの田中が笑みを向けてきた。
「ここにいたんだ」
「……何か用か」
「いや、用ってほどじゃないけど話でもしたいなって」
　隣に座り込んだ田中に、伊吹は答える。
「俺は会話が得意じゃないし、あんたの時間を無駄にしてしまう。強いて話せるのは読んだ本の内容と感想か、もしくはあんたの話に相槌を打つぐらいだ」
「無駄とか気にしなくていいよ、僕も暇なんだし。……聞いていいかな」
「何を」
「その包帯、どうしたの？」
「……あー」
　どう答えようか伊吹は迷う。
　相手がもれいびであるなら素直に打ち明けてもいいが、もれいびでないなら誤魔化すもしくは話題をそらしたい。
　しかし目の前の田中がもれいびかどうか判断材料がない。
「あ、無理に答えなくてもいいよ」
　気を回した様子の田中に、伊吹は素直に聞いてみた。
「……もれいびって知ってるか」
「えっ？」
　驚いた表情を見て、なんとなくわかった。
（こいつはたぶん……）
「緋埜くん、転校生なのに知ってるんだ？　え、もしかしてもれいびだったりするの？」
　どうやらもれいびという単語ではなく、それを伊吹が知っていることに驚いたらしい。
「実は……」
　伊吹は正直に事情を打ち明けた。
「ありがとう、話してくれて」
　田中がそういった時、昼休み終了のチャイムが流れてきた。

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