A Little Story｜リアクション

A Little Story

「そっち持って、そうそこ」
「ＯＫ、せーのでいくよ？　せーの！」
「ふぬうううううう」
　重たいデスクもソファもテーブルも、二人で呼吸を合わせればどうにか移動させることができた。呼吸を合わせる、いやはやなんと素敵な響きだろう。三折部朝衣は共同作業のもたらす心地よい疲労に浸った。
　同棲中のフィアンセ、住沢遥人と暮らし始めてそろそろ半年か。ちょうど３月、衣替えの時期ということで、せっかくだからと部屋の模様替えをすることにした。生活を共にするうちお互いの趣味嗜好に癖など見えてきて、合わせるなり変更したいところも現れてくるものだ。
　手始めに小さく軽い雑貨類などを隅へよけ、大物の移動に取りかかるとやはり、二人のコンビネーションが問われる。
「次、それだね」
「ええ。腰とか大丈夫？　気をつけてね」
「今のところは大丈夫……ははは、何だか熟年夫婦みたいなやりとりだなぁ」
「もうっ、笑いごとじゃないったら」
　と言いつつどちらもくすくす、明日は全身筋肉痛だね、などと笑い合う。
　大きなテーブルをぐいと持ち上げ動かし、料理本やレシピ集、鮮やかな青に彩られた海の写真集などが収まった本棚を移動させる。本を抜いてから動かすべきだったね、と無駄な疲労を重ねたことにも笑みがこぼれた。
「ベッドとか、タンスはそのままで？」
「ええ。テレビ台はそっちの壁際に」
「となると、ソファはこちらだね」
　事前に立てたプランもありつつ、時にはそれも捨てて臨機応変。相談しながらというのもまた楽しい。
　タイミングもぴったりに二人、ふうと大きく息をついた。
「よし！　こんなところかな」
「あとはインテリアだね。このあたりはどうしようか」
「じゃ、部屋のこっち側はあたしが。そちら側は、シェフにお任せしましてよ」
「かしこまりました。とっておきのレシピをご馳そしゅて……噛んだよ」
「あはははは！」
　ふと窓から飛びこんできた春のにおいが、朝衣の鼻腔をくすぐった。

　手を繋ぎ遥斗とシーサイドタウンを歩く。
　３月は卒業シーズンなのだ。駆けてゆく学生らしき私服の女の子たちの初々しくフレッシュな姿に改めてそうと気づくと、朝衣はそこへ自身を重ね合わせずにいられない。
「どうしたの、朝衣？　何か考えてる？」
「うん。ちょっとね」
　街は春めいていた。人も、店々も。景色も。風がはらむにおいまでもが。
　朝衣が寝子島町役場へ就職してもうすぐ４年になる。早４年目だ。高校を卒業し、その余韻も冷めやらぬまま勤め始めて、何とも慌ただしい日々を過ごしてきた。それに去年の人事異動などまさしく青天の霹靂で、まさか自分があのリッカルド町長付きの秘書に抜擢されるなど思いもよらなかった。
　だからこそ今一度あの頃へ、３月の自分へ立ち返ってみれば、鮮烈な記憶が蘇ってくる。
「卒業かぁ……あの時はあたしも、思いっきり泣いたなぁ」
「ははは、朝衣は案外泣き虫だから」
「あら、言うじゃない？」
　腰をとん、とぶつけてやる。高校生たちの後ろ姿へ、いい道を歩めるようにと、遥斗みたいにいいヒトが見つかったらいいねと祈りを寄せた。みな、朝衣の後輩たちなのだから。

「さて、まずは古着屋からかな」
「そうね。その後にリサイクルショップ」
　模様替えついでにタンスの中身も入れ替えることにした。長くお世話になった冬物たちもしばしのお役御免だ。そのうちのいくつか、状態の良いものでもう着ないだろうと思われるものは、ちょうど近所にこじゃれた古着屋があるのでそこへ持ち込む。服たちも卒業の季節というわけだ。しかしお気に入りのＴシャツなどは何着か見繕ってタンスへ残した。物によってはこれからの季節にも活躍してくれることだろう。
　うららかな陽気に朝衣は手のひらでひさしをつくり、木漏れ日の向こうのあたたかい陽光を見つめて目を細む。昨日と今日は同じ日の光だが、部屋をあれこれ動かしたおかげなのか、どこか新鮮にも思えた。季節もそう。冬から春へ明確にまたぐ境目があるわけではなく、暦が刻むところを見てみな春なのだと認識をする。春めく空気を感ずるようになる。気の持ちようというのも馬鹿にはできないものだ。
　つまり、遥斗との暮らしもまた。
「ふっふふ」
「うん？」
　彼の手を握ったまま密着し、頬を寄せた。予感があった。古着屋やリサイクルショップをはしごして全てさばいてしまってから、朝衣は言った。
「また二人で、新鮮な気分で暮らそうね」
　今日も明日も変わらない日々が続き、それでいて一日一日は色鮮やかに、まばゆく輝くことだろう。

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