戦いへ誘う扉｜リアクション

戦いへ誘う扉

　梓智依子の目覚めは突然だった。目を瞬き、枕元のスマートフォンを手にして素早く起動。表示された時刻を見て表情を緩める。午前六時半は慌てる時間帯ではなかった。
　智依子はゆっくりと上体を起こす。愛娘の楓は隣で安らかな寝息を立てている。
　起こさないようにそっと布団を抜け出し、忍び足でドアに近付く。極力、音を立てないようにドアノブを回して廊下へ出た。

　切れ長の目が驚きで丸くなる。
　体育館を思わせる広い空間にアップテンポの曲が鳴り響く。重ねるように情熱的な歌詞が披露された。
　――ラップの大会みたい。ステージでラッパーが対決して、これってＭＣバトルね。
　反対側にはバスケットボールのコートがあった。二人の選手が激しい攻防を繰り広げている。
　――こっちは１on１と。どちらも観客がいて盛り上がっているわ。
　智依子は左右に目をやると足を止めた。考え込むように俯き、すぐに解消された。
　自身の姿に目がいく。パジャマ姿はいつの間にか、バスケットボールのユニフォームに変化していた。
　――バスケに適性があると？　これも神魂の影響なのかな。まあ、眠気覚ましにはなるかもね。
　歩きながら腕の腱を伸ばす。出場者に混じると熱を入れてストレッチを始めた。出番は意外と早く駆け足でコートへ入る。
　智依子の相手は同性で身長は低い。高速ドリブルが得意らしく、その場で機敏な動きを見せた。
　――経験者みたいね。私は身長を活かしたシュートで対抗するわ。
　審判によるコイントスでオフェンスは相手に決まった。
　開始の笛を聞いて智依子はボールをパスした。受け取ると瞬時にドリブルに入る。左右のフェイントを入れながら出方を窺う。
　智依子は相手の出鼻を挫くように動く。実はフェイントで逆から抜かれた。そのままシュートに持ち込まれ、先制点を許した。
　引き続き、相手の攻撃が始まる。
　――フェイントに釣られないようにもっと広い視野で守らないと。
　両腕を大きく使い、相手の行動を狭める。ドリブルで切り込む隙が見つからず、靴底を鳴らした膠着状態が続いた。
　焦った相手はバランスを崩した状態で強引にシュートを放つ。緩やかな放物線を描いたボールは惜しくもリングに蹴られた。即座に反応した智依子が身長を活かし、リバウンドを制した。
　攻守が入れ代わると相手が智依子にボールをパスした。両手で受け止めた瞬間、小細工なしで突っ込んであっさりと抜いた。
　油断した相手はドリブルに追い付けず、その間にレイアップシュートを決めた。
　その勢いのまま二点を奪取。三点目は欲が出て強引に肩から突っ込み、審判からラフプレーに当たるファールを取られた。
　両者の実力は僅差で息詰まる展開が続く。どちらも体力を削られ、次第に動きが鈍くなる。
　点数は四点と並び、最後のゴールで決着となる。
　その勝負の分岐点、智依子はオフェンスとしてドリブルを始めた。相手は小さいながらも動きは速い。目のフェイントまで入れて勝利への執念を燃やす。
　――息が上がってきたわ。身体が重くて、これで決めないと。
　脚にも疲労が溜まり、僅かに腰が高くなる。その状態を狙われてスティールを許した。
　ディフェンスとなった智依子は懸命にボールを奪いにいく。相手は背中を向けたドリブルで対抗した。
　二人の靴底が悲鳴のような声を上げる。息切れが酷くなり、大量の汗でユニフォームが身体に張り付いた。
　相手の上体がふらりと揺れる。傾いた方向に智依子は踏み出し、ボールに手を伸ばす。
　一瞬、目の前からボールが消えた。相手は逆方向に走り出して五点目となるゴールを決めた。
　智依子は戻ってきた相手に声を掛けた。
「最後の、あの動きは？」
「フロントチェンジって呼ばれている。ドリブルの手を素早く変えて相手を抜くんだよ」
「消えたみたいに見えたわ」
「速さが重要だからね」
　厳しい表情はなくなり、相手はにっこり笑う。
　――手の内を最初に見せているようで、実は取って置きを残していたのね。
　納得した智依子は手を差し出す。相手は朗らかな顔で握手に応じた。
　拍手と声援が二人を讃え、共に清々しい表情を浮かべた。

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