霧とライト｜リアクション

霧とライト

「アツシは、まっすぐな子ですね。だからケンカしちゃったんですかね」
「そうかも。あいつ、のらりくらりって、適当に躱そうとするから頭に来たの、かも」
　アツシの言う友人。
　やっぱり脳裏に浮かぶのはウォルターだ。
　少年のウォルターがアツシとケンカしている様が、まるで映画みたいに頭の中で映像化される。
「さっき話した僕の知り合い……いや、憧れ、恩師、友人……うむむ」
　七瀬はウォルターを形容しようとした。
　しかし、どれもイマイチしっくりこない。
「とにかく！　僕の好きな人が先生で、」
　好きな人。
　七瀬は思わずそう口走っていた。
　アツシが気づいてパッと頬を染めたが、七瀬はそれに気づかない。
「僕もその人のようになりたくて、背中を追いかけているところなんです。いつか、隣に立てるように」
　一息に言って、七瀬はしゅんと迷い猫みたいな顔になる。
「……動機が不純だと思いますか？」
「いや、わかんないけど……好きなんだろ、その人？」
「たまに不安になるんですよね。こんな僕が背中を追いかけていて、あの人は迷惑じゃないんだろうか、とか。好きでいていいのかな、とか」
　何を相談しているんだろう自分は、こんな年下の子に。
　そう冷静になる余裕はもはや、七瀬にはない。
「気にしなくていい……ですかね？」
「気にするとかしないとか、そんな器用な使い分け、ナナセ、できんの？」
　アツシは少し口を歪めて微笑んでいた。
「好きって気持ちって、自分でコントロールできるもんなの？　迷惑だったら好きにならないとか、オレだったら出来ない。だって好きなんだから……」
　好きなんだ。
　ただそれだけだということ。
　それをアツシは教えてくれた。
　そしてきっと、アツシも言葉を交わしながら、自分の気持ちを知ったのだ。
　言いながら、はは、とアツシは自分の言葉に笑いを漏らして、自らの手を見た。
「うん……好きなんだ、オレ。そいつのこと。だからケンカしたし、許せないと思ったし……仲直りもしたい」
　好き、という言葉が七瀬のそれと同じかどうかは分からない。けれど、アツシの「好き」も友情の好きとか、恋愛の好きとか、家族の好きとか……そういうものを微妙な割合で混ぜ込んだ曖昧な何かだと感じる。
　違っていて、きっとおなじだ、と。
「そういえば聞いてませんでしたね。……なにが原因で、ケンカしたんですか？」
「えーとそれは……」
「それは？」
「……あいつんちに泊まりに行って。いっしょに徹夜しようって言ってたのにあいつ寝て」
「……寝て？」
「起こしたのに起きなくて、結局オレ一人起きてて」
「……はあ」
「頭に来たからケンカした」
「……」
「……」
「……それだけ？」
「～～～～～っ！」
　アツシは真っ赤になる。本当は彼だってわかっていたのだ。くだらないことだと。
　けれど約束だった。一緒に起きていよう。徹夜しよう。ずっとくだらない話をしていよう。
　楽しみにしていたのだ。
　親には絶対に怒られる夜中のピザとコーラ。
　十年も前のクソゲーを顔を突き合わせて遊んだり。
　流行りの映画の話や、学校で流行っている局地的なギャグで、腹が痛くなるくらい笑ったり。
　そういったことを夜じゅう、朝まで、ふたりでしたいと思っていたのだ。
　それなのに。
　眠くなっちゃったよぉ、なんて、さっくり寝るなんて！
　自分と彼の間ではあるまじき裏切りだと、アツシは感じてしまったのだった。
「ふふ、あははは！」
　笑っては悪いのかもしれない。
　それでも七瀬は笑ってしまった。
「ええですね。すごく……僕もそういうケンカ、してみたいと思っちゃいました」
　思ってしまう。
「十代を、あの人と同じ時を過ごせたら、そんな親友みたいなケンカもできたのかな、って」

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