【日曜日、九夜山山頂】

　英霊達は揃って九夜山の山頂へ登ってゆく。
　それぞれの姿は一般人のそれではなく、英霊に相応しい神々しい装備を纏っている。
「……ってことで、勉強が嫌いでも今回の件は流石に看過できないわ」
「うう……キィ、本当に説教するんだ……ごめんなさい」
　桜井の現実逃避が今回の事件へキィを巻き込んだと、キィの叱る声に他の英霊達は思わず苦笑いを浮かべた。
「現実逃避、ね？　私も無意識だったけど、どこか現実に不満があったのかしら？」
　ヴィーゼの言葉に龍目も頷く。
「俺もどこか思い通りの毎日にならないのが悔しかったのかもな。とはいえ、やっぱ現実に戻りたいぜ」
「偽物の千の手前でこういうのもなんだけどさ……やっぱ、俺、本物の千と大学生になって絵を描きたいんだ」
　桜井の決意に、彼の願望で生まれた千里も笑顔で賛同してくれた。
「おれは……すごく幸せだったよ。けれど。うん。おれの幸せは、きっと……この世界に落とされた時に、全てを教えてくれたあの人と、その家族のところにあったよ……父さん」
　最後は消え入るような小さな声で、ユーリもこの世界への決別を意気込んだ。
　そんな英霊達の目の前に、深夜にもかかわらず燦然と輝く巨大な黄金の招き猫が現れる。

『タイプ：ビースト』……暴走した願望実現魔導器『マネキネコ』が、忌々し気に英霊達を見降ろす。

　――うぬ等の願望は、実に退屈だ。
　多少繰り返せばもっと騒乱を望むのかと、しばし運命を循環してみたが、一向にくだらぬ夢物語ばかり。
　とっととうぬ等を循環の糧とするとして、次は趣向を変えてみるとしようか。
　そうだな……互いに殺し合って、最後に残ったひとりの英霊の願望だけを叶えるとか？

　これに英霊達はたちまち憤った。
　勝手にこの世界へ引き寄せられ、このマネキネコの余興に付き合わされていたのがハッキリしたからだ。
「そんな勝手な真似はもうごめんだ！　行くぞ、千、キィ！　そして、風翼緑槍《シルフィーナ》……力を貸してくれ！」

　桜井が掲げた緑色の槍が竜巻を発生させ、桜井と千里、キィの３人を空中へ飛翔させた。
「ほらほら、この高さに手が届くか？　このデカブツ！」
「キィが宝具で援護するわね。海道くんも前衛をお願い。ラっちゃんのサポートしてあげて」
「ああ、任せろ！」
　３人は息の合った空中コンビネーションでマネキネコの頭上で攪乱作戦を決行。
　大振りに迫る巨大な猫パンチへ、桜井が暴風のバリアで防御し、千里がダガーで斬りつけ、後方からキィが黄金の二丁拳銃を乱射させた。
「この弾丸は『根源』……つまり対象の存在意義を破壊するのよ。あと何発まで耐えられる？　付喪神の前でいい気にならないで」
　二丁拳銃なのに、弾幕の密度がガトリング砲並のキィの射撃練度だ。
　一方、千里に何やら変化が起き始めていた。
「あはは……！　やっぱ芸術は、破壊される過程が一番美しいな！」
　ガンギマリの表情でマネキネコの身体を滅多切りにしてゆく千里。
　彼の宝具であるナイフ技術は任意の対象を破壊するが癒してしまう。
　だが逆もまた叱り。一度癒した対象は、千里の任意のタイミングで破壊できるのだ。
「いっぱい斬りつけて、いっぱい癒してやった！　このまま限界まで癒したら……その時は……あははは！」
「せ、千って、破滅嗜好があったのか……？」
　桜井は自身の願望とはいえ、古馴染みの意外な一面を見てドン引きしていた。
　自分が怪我したら、千里に刺されて回復されると考えると……余計に桜井は青ざめてしまった。

　他の英霊達も、桜井達の攻勢に続いてすぐに飛び掛かっていった。
「宝具の射程内に入った！　食らいなさい！」
　噛み切った人差し指から血液を高圧力で噴射させた直後に硬化、棒状に硬化した血液を何度も射出してマネキネコの巨体を徐々に削ぎ落してゆくヴィーゼ。
「あのマネキネコを壊せば全部丸く収まるって事ね……わかりやすくて良いわ」
　空中戦を当初考えていたが、桜井達に任せて地上戦……硬化血液の宝具カタパルト砲としての役割に専念する。
　だが、かなり頑丈なのか、一向に倒れる気配がない。
　龍目も果敢に斬りかかるが、暴れまくる巨体と時折その口から放たれる光線のせいでなかなか近付けない。
「どっか隙が無いのかよっ？」
「まって。いま、調べるから」
　ユーリはアカシックレコードに自身を接続して、マネキネコの全情報を引き出す。
（知ってるよ、おれがこの力を自覚できて行使できるのも……今だけだ）
　ついでに英霊達の真の力を解放させる方法も引き出したユーリは、宝具を強制解放してみせた。

　――全知故の全能《エウレカ・エウレカ！》

　途端、英霊達は『存在しなかった記憶』を“当たり前”に共有するようになった。
「マネキネコの弱点は眉間だよ。弱点とはそういうものだからね」
「わかったぜ！　ついでに潜在能力の解放？　『再臨』とやらもしとくか！」
　龍目の身体が光に包まれると、先程の衣装とは全く別の、海賊船長のような姿へ変身！
　武器もカットラスへ変形して、いよいよ海賊っぽい雰囲気に！
「いいじゃねえか、こういうの！　行くぜ！　これが俺の！　未知こそ我が渇望なり《デンジャラス・トレジャー》だ！」
　先程までとは比ではない身のこなしで、あっという間にマネキネコの背中へ飛び移ると、そのまま額へ向かって猛ダッシュ！
「ここだな!?　そらよっ！」
　躊躇なくカットラスの切っ先が、マネキネコの額に突き刺さる！
『ミギャアアァァァアーッ！』
　苦痛の叫びが深夜の九夜山に轟く！
　しかしまだ破壊には至らない！
「退いて、セイバー！　私の硬化血液の槍……ううん、パイルバンカーで撃ち抜く！」
　ヴィーゼは右腕に血液の塊を宿すと、背中に生み出した真っ赤な血液の翼を羽ばたかせて空を翔ける。
「そして『再臨』よ！　今の私は……『怪力乱神の女王《イモータルクイーン》』よ！」
　すべての怪異の頂に君臨する王へと昇華したヴィーゼの片腕から、炸裂音と共に極太の硬化血液の杭が射出された。
　それはマネキネコの眉間へ至近距離から撃ち込まれ、頭部全体が破砕！
　更にヴィーゼの攻撃のほぼ同時に、マネキネコの直上から桜井が『再臨』して突っ込んできた！

「俺が大天使ラッセルだ！　その身体、貰い受けるぞ！」
「おっと、そろそろ壊すか……あはは！」
　千里が治癒効果を破壊効果に変換すると、マネキネコの身体が途端に砕け始めてゆく。
　そこへ竜巻を纏った槍の一撃が直撃すれば、怪物の身体は衝撃波によって一瞬で爆散してしまう。
　残された頭部の眉間へ、『再臨』して天使の姿になったキィが黄金の二丁拳銃で狙いを澄ます。
「……消えて？」
　放たれた２つの弾丸は、亀裂が入ったマネキネコの眉間を更に押し広げた。
「マネキネコ、おれたちは帰るよ。元の寝子島に」
　真の姿へ再臨したユーリが、砕けたマネキネコの欠片を自身の掌の中へ吸収してゆく。
「この世界の記録は、あんたを『収集』しておしまいだ」
　アカシックレコードに取り込み、この世界にユーリは幕を下ろすつもりだ。
「またおれは記憶が７日間しか保てなくなるけれど……ここに、おれの求める幸せは存在しないから」
　マネキネコを完全に回収したユーリは、共に戦ってくれた英霊達の顔を見遣る。
　みな、揃って無言で頷いてくれた。
　だから、ユーリは眼下に広がる寝子島《ニセモノ》を……。
　
「ばいばい」

　すべて吸い込み、アカシックレコードに放り込んでいった。






《空想切除、完了》