雨空に想いが重なる｜リアクション

雨空に想いが重なる

　雨に降られる直前に京極花音はビニール傘を購入した。強い雨の中、帰り道を急ぐ。
　――こんな街中で雨に濡れたら終わりだ。ろっこんの狼化は絶対に避けねえとな。
　その窮地に突然の幸運が訪れる。シャッターの下りた店舗で雨宿りをする小柄な女の子に目が釘付けとなった。ブラウンのコートやタートルネックは大人びて見える。白いスカートは清純であどけなさを残していた。
　――あれはバイト先の花屋によく来る彼女じゃないのか？
　距離がある為、花音は目を凝らす。疑いの余地が無くなり、急に落ち着かなくなった。不自然ではない出会いに頭を巡らし、その場で予行練習を行った。
　――大丈夫だ。落ち着け。偶然の出会いに偽りはないんだ。さりげなく声を掛ければいいだけだろ。しっかりしやがれ。
　自身を奮い立たせる言葉を胸に大股で近づく。声を掛ける前に女の子は花音を見つけた。待ち合わせの時間に遅れてきた恋人を優しく迎え入れるような笑みを浮かべた。
　目の当たりにした花音の脳は一瞬で沸騰した。用意していた言葉は消し飛び、上ずった声を出した。
「な、なにしてんッスか？」
「雨宿りです」
　きょとんとした顔で返された。花音は恥ずかしさで爆発寸前の爆弾と化した。抑えていても身体が勝手に震える。
　女の子は自分の境遇を忘れて心配そうな顔になる。
「寒いのですか？」
「だ、大丈夫ッスよ。あの、こんなところにいたら風邪引くッス。その、良ければなんッスけど」
「ありがとうございます」
　全てを言い終わる前に女の子は傘の中に入ってきた。
「もう少し寄った方がいいですね」
「あ、いや。そうッスけど……」
　女の子は身体を寄せてきた。右手に持った傘の柄に肩が触れる。
　――天然かよ。近い、近すぎる。これはピンチ、じゃなくてチャンスなのか？　でも、近いって。
　女の子は視線を上げた。花音の泳ぐ目に向かって言った。
「旧市街の方向にお願いします」
「家ッスね。任せて欲しいッス。責任をもって親御さんの元に送り届けるんで」
「友人の家です」
「あ、ああ、そっちッスね。そりゃね、は、ははは」
　乾いた笑いに反して花音の目が潤む。空回り全開で相合傘は始まった。
　傘に打ち付ける雨音がやけに大きく聞こえる。
「このような激しい雨に降られるとは思いませんでした」
「そうッスね」
　歩道に水溜まりが出きていた。花音は女の子をさりげなく誘導して避けた。
「ゆっくり歩いて滑らないようにしないと」
「そうッスね」
　二人の歩みは遅く、自然と花音の口角が上がる。
　――もっと遅くてもいい。このままずっと一緒に歩いていたい気分だぜ。
　その思考を走行音が断ち切った。車道に目をやると大型トラックがこちらに向かって走ってくる。
「やべえ」
　咄嗟に身体が動いた。花音は女の子を守るように回り込んだ。飛び散った水をジャケットに受けた。
　持っていた傘は勢いで斜めとなり、花音の身体に降り注ぐ。ろっこん、『Lycanthrope』が発動して二メートル強の狼に変身した。
　その脚力を活かし、見つけた路地に黒い疾風となって飛び込んだ。
「え、花屋さん？　どこですか？」
　女の子は落ちていた傘を拾って不安そうな顔で周囲を見回す。隠れて見ていた花音は安堵したかのように頭を下げた。
「急に用事を思い出したのでしょうか」
　傘を差した状態で女の子は歩き出した。数歩毎に後ろを振り返る。遅々とした歩みの中で、ふと傘に目をやった。
「……お花屋さんに傘を返しに行かないといけませんね」
　表情が柔らかくなる。機嫌が上向いたのか。傘をクルクルと回し始めた。
　その様子を窺っていた花音は頻りに尻尾を振るのだった。

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