雨空に想いが重なる｜リアクション

雨空に想いが重なる

　書店で目当ての本を購入した綾辻綾花は紙袋を胸に抱えて店を出た。
「え、どうして？」
　いつの間にか雨が降っていた。本降りで白い靄のようなものが掛かり、無数の雨粒が歩道で弾け飛ぶ。
　綾花は黒雲が覆う空に目を向けた。
　――今日の降水確率は二十パーセントではないのですか。
　僅かに口を尖らせた。持続はしないのか。苦笑いで脱力した。
　――どこかで傘を売っていないでしょうか。
　目に見える範囲にそれらしい店はなかった。立ち尽くしていると書店に訪れる客が増えてきた。傘を差していることもあって出入口は混み合う。
　綾花は居辛くなり、思い切って飛び出した。薄手のコートは防水加工が効いて被害を免れた。スカートは無防備で瞬く間に黒ずんだ色へと変わる。紙袋は傘として使わず、胸に抱え込んで走った。
　――あそこなら。
　見つけた金物屋に駆け込んだ。店内は薄暗く、扉の部分には定休日のプレートが掛けられていた。
　綾花は紙袋を腋に挟むと濡れた髪を絞った。かなり水気を吸っていた。ポタポタと落ちて足元を黒く濡らす。
　身体が震えた。ぐっしょりと濡れたスカートが太腿に張り付いて寒気を及ぼす。
「……風邪を引きそうです」
　綾花はスカートの裾を摘まんで左右に振った。ハンカチを生地に押し当ててみたがあまり効果はないようで小さくクシャミをした。
　――寒いです。せめて心だけは温かくなりたいのですが。
　路地裏を見たが何もいない。店先のベンチの下にもいなかった。
　――癒しのにゃんこはいないようです。
　綾花は手にした紙袋に目を落とす。急にそわそわした様子となった。封をしていたテープを剥がし、本を取り出そうとして思い止まる。
　――寮に戻ってゆっくり味わうように読まないと、もったいないですね。
　紙袋を小脇に抱えた綾花は猫鳴館に続く道に目を向けた。前傾姿勢となって飛び出そうとした。
　そこに逆に飛び込んできた人物がいた。黒いスーツに付いた雨粒を手で払い、濡れた前髪を無造作に掻き上げた。
　その横顔を目にした綾花は話し掛けようとして、くしゅん、と小さなクシャミをした。
「綾辻さんも雨に降られたんだね」
　早川珪は柔らかい笑みを浮かべた。
「珪先生も買い物で？」
「日用雑貨なんだけど、店に着く前に雨が降ってきて。降水確率二十パーセントで傘がいるとは思わないだろう」
「そうですね。私もこの通りです」
　綾花は濡れたスカートの一端を摘まんで見せた。
「くしゅん！」
「大丈夫かい？」
「走って帰れば平気です」
　労わるような目を向けてきた珪に綾花は意識して笑顔を作った。その試みは脆く、続くクシャミで簡単に崩れた。
「あまり平気とは言えない状態だね」
「そうみたいです」
　顔を赤くした綾花は伏し目となった。寒さと恥ずかしさで身体が小刻みに揺れる。
「この程度では温かくなれないと思うけど」
　スーツを脱いだ珪は綾花に羽織る。
「温かいです」
「本当に？」
「……ほんの少し。あの、珪先生が良ければ、スカートと靴が乾くまで近くのブックカフェでお話をしませんか？」
「僕は構わないよ。このあとの予定は特に入れていない」
　口にした瞬間、珪は綾花の肩に手を回した。ずり落ちそうなスーツを掛け直す。
「あ、あの、面白そうな本も購入しました。珪先生も興味を持ってくれると思います」
「それは楽しみだ。行こうか」
「はい、珪先生……」
　どこか潤んだ瞳で綾花は珪に寄りそう。
　二人は支え合うようにして雨の中に消えていった。

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