『三毛の湯』を救え！大作戦｜リアクション

『三毛の湯』を救え！大作戦

　銭湯壁画は芸術である。旅鴉月詠は断ずる。
「この壮大なキャンバスはどうだ。白壁にしておくのはもったいないと思わないかね」
「確かにそうね。何か絵を飾れればいいのだけど」
「描こうじゃないか。我々で」
　月詠にはすでにモチーフの算段がついているらしい。さっそくあれこれと用意し始める手際の良さはさすがに、自宅にアトリエまで持つ芸術家だ。
　業者が浴槽のひび割れなど点検・修繕を行い、絵筆に塗料を揃える月詠の横で、紫はふむと考える。
　ふと目についたのは、業者が持ち込んだ浴室タイルだ。無地のものから色つき、柄つきと多種多様なタイルが揃っており、それらが仙藤紫にインスピレーションを与えた。
「あの。このタイルで、試してみたいことがあるんですが」
「あ、はい！　学生さんには全面的に協力するように、と言われてますんでね。何でも言ってください！」
　若くてちょっと見目のいい、浅黒い肌の誠実そうな青年と相談をし、タイルで描くアートを提案してみた。
「向こうの広い壁は旅鴉さんにまかせて、こちらは例えば、そうね……洗い場の鏡の横とか。床もいいわね。タイルで簡単な図柄を表現したいんです。花とか、猫の肉球とか、簡単なものでも素敵だと思うの」
「なるほど、ピクセルアートですね。やってみましょう！」
　いくつかのサイズのタイルを使って、図柄を考案していく。画一的なサイズに揃えるのではなく、大サイズのタイルに小・中サイズを組み合わせてみれば、意外にも繊細な表現が可能と分かった。
　洗い場の鏡の並びに、タイルでひまわりを描く。黄色やオレンジ、赤などさまざまな色にしてみると、なにやら楽しげだ。きっと子どもにも受けるだろう。
　床にも図案を配していく。猫の足跡が点々と残るように、肉球マークを連ねてみた。これまた可愛らしく、また洗い場と浴槽をつなぐ導線にもなっているのがミソである。
「うん、いい感じっすね！」
「良かった。じゃあ、実際にタイルを張っていきましょう」
　紫が作業に没頭する向こうでは、白タイルの大キャンバスへ向かう巨匠の姿があった。
「さて。やはり富士、か」
　銭湯に富士山の絵が描かれるのは、端的に言って縁起が良いからだ。定番にして王道、これをあえて外すことはなかろうと月詠は考える。
　しかるに寝子島における富士とは、やはり九夜山であろう。
　白無地のタイルは、一足先に業者さんが張り替えてくれた。見上げればなんとも胸が躍る。芸術家冥利に尽きるというものだ。
「寝子富士の威容、見事描き切ってみせよう」
　大きな平筆で大胆に色彩を乗せた。いつもクールな月詠の表情に一見変化は見られないが、実際のところはむふ、と悦に浸っていた。
　ざ、ざざざと筆を走らせる。そこに一切の躊躇もなく、葛藤もない。心の赴くままに、しかし冷えた頭で全体を俯瞰し続ける。
　山頂から稜線を下ろし、迸るままに緑を乗せてゆく。無論ただの緑ではなく、濃淡や筆遣いひとつでおびただしい段階の色合いを表現してみせるあたり、さすがである。
　遠景にはエノコロ岬にさわやかな風が吹き、白猫黒猫の尾がハートの輪を形作る。巨匠の筆は止まらない。

　またたく間に時間が経ち、紫のタイルがほぼ完成を見、月詠の制作も形が見えてきたところで、ユウが声をかけた。
「おふたりサン！　ちょーっと、いいッスか？」
「あら、野菜原くん。どうかした？　そのカメラは？」
　聞けば彼は三毛の湯の宣伝用ポスターに用いる写真を撮影しているのだとか。
「って、私たちを撮るの？」
「そそ！　ちょっと看板娘っぽく、ポーズでも取ってくれればいいからさ」
　手伝いを申し出た手前断りづらい。まあ、湯船に浸かりながらセクシーなうなじの一つも見せて、などとフェティッシュな要求をされないだけマシというものか。
「まあ、構わないけれど。ここに立てばいいの？」
「そそ、番台の中にね。笑顔でいらっしゃいませ！　って感じでヨロ。旅鴉ちゃんはその横で、猫らしいポーズをね」
「猫らしいポーズ？」
　紫が振り返ると、そこには三毛猫の着ぐるみがぬぼーっと立っていた。
「……いつの間に！？」
「なに、芸術家のたしなみというものだよ」
　よく分からないリクツを口にしつつ、三毛猫はニャオンとしなをつくる。
　紫もやらないわけにはいかない空気だ。仕方がない。
「い……いらっしゃいませ、お客様♪」
「なおーん」
「いいねー、いいじゃんーふたりとも！　これで宣材もバッチリだぜ！」
「んなーん」
　紫のにっこり笑顔と月詠の着ぐるみで愛嬌を振りまいた三毛の湯ポスター、完成が楽しみである。

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『三毛の湯』を救え！大作戦

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