寝子カルガモのお引越し☆大作戦｜リアクション

寝子カルガモのお引越し☆大作戦

　雄太の書き込みを見た八神修は、すぐに外出の準備を始めた。動画では、寝子カルガモ達はマイペースにちゃんと集団で歩いていたが――
「大移動だ。映像で見るより大変だろうし手伝おう」
　修は毎年、寝子カルガモ親子の引っ越しのニュースをチェックしていた。コースはいつも一緒だから、インターネットで改めて調べたコースを逆に辿れば合流できるだろう。
　携帯ボトルに氷と水を入れ、冷蔵庫から小松菜を出して水洗いしてから袋に入れる。窓の外に目を遣り、青々と広がる空を見て帽子を被った。よく冷えたスポーツドリンクを数本クーラーバッグに入れ、机に置いてあった塩飴も手に取る。今日は随分と暑そうだ。手助けに行って熱中症で倒れるわけにはいかず、協力する皆にも必要になるだろう。
「後は……」
　室内を見回しつつ、カルガモ達の行動を想像する。ちょっと考えて下敷きを追加で持っていくことにした。
　玄関に行くと、廊下の床の冷たさを楽しんでいた犬がくぅん？　と鳴いた。
「ちょっと行ってくるよ」
　外に出ると、暴力的とも言える暑さに包まれる。下敷きとカメラと日傘を籠に入れると、修は自転車のペダルを漕ぎだした。
「暑いな……」
　だが、寝子カルガモが近くで見られるなら暑くても外出する。雛が一羽も欠けずに引っ越しを終えられるようにサポートしよう。
「ゴールまで見届けたいな」

「こんな暑い中、引っ越しするなんて大変ですね……」
　雄太の書き込みから寝子カルガモが引っ越しをしていると知った北条冬華は、何か手伝えないかと現場に訪れた。日傘を差して、水を入れた水筒を持っている。
（私まで熱中症になったら大変ですからね）
　普通に歩いているだけで勝手に汗が流れてくる暑さだ。冬華はさっそく水を口に含んだ。
（あんなに可愛いのに、長い距離を引っ越しなんて大変ですね……）
　足をちょこちょこと動かす様はとても可愛いが、忙しなくもあってかなりの運動量を要しているように見えた。
「……あっ」
　寝子カルガモ達から２０歩程離れた場所から見守っていた冬華は。その先が踏切であることに気付いて焦りを覚えた。今は遮断機が上がっているが、カルガモ親子が渡り切るまでに下がってしまいそうだ。それでも、電車が来るまでに渡れれば大丈夫だが――
「にゃっ！」
　その時、数匹の野良猫が寝子カルガモ達に襲いかかるように近付いた。カルガモ親子は慌てて早足になる。雛達はバラバラに走り出した。
「わっ」
「にゃっ！」
　小学生くらいの少年――雄太と、何故か野良猫が驚きの声を上げる。彼等は慌てて雛達に駆け寄っていく。雛達は逃げるが、それは羊を追う犬の姿に似ているようにも見えた。
　寝子カルガモ達が縦横に走る為、踏切を渡りかけていた車からクラクションが鳴る。
「すみません、危険ですのでカルガモが横断するまでお待ちください」
「危険って、こっちだって危険なんだよ！　待ってる間に電車が来たらどうすんだ！」
「一度バックしてください。そうすれば安全ですから」
「バックっつったって……」
　市の職員の女性と車の運転手が話をしている。声を荒げていた運転手は後ろを振り返る。別の車が並んでいて、バックは出来そうにない。冬華は最後尾の車に近付いた。幸いにも窓が少し開いている。
「カルガモが踏切を横断しているので、少しバックしていただけませんか？」
「カルガモ？　あ、ああ、いいよ」
　運転席の男性は冬華を見上げて多少面食らった様子で車をバックさせた。冬華がお礼を言って頭を下げると、それを見ていた若い青年が前の車に同じことを始めた。彼女が青年に「ありがとうございます」と微笑むと、彼は「い、いえっ」と上擦った声で返事をした。布が少な目の男性を魅了する格好をしていた故だったが、本人は全く気付いていない。
　ふと踏切の方を見ると、市の職員――朝衣と目が合った。二人は笑い合い、運転手への対応を続ける。
（にしても、暑いですね……。カルガモのほうがたぶん暑いでしょうけど）
　遮断機が下りて、電車が通過していく。踏切の向こうで、猫達の嬉しそうなにゃーにゃーという声がしている。明らかに喜んでいる。
「えーと、雛は……」
　雛が残っていないことを朝衣が確認し、車の通行を再開させる。
「カルガモ達、ここにいたのか」
　そこで、自転車に乗った修が到着した。朝衣が手短に説明すると、修は歩きながら雛の数を確認した。
「１、２、３……６羽。ちゃんといるな」
　皆に見守られていることに気付いているのかいないのか、寝子カルガモ達は一心不乱に歩いている。四人と猫達は、そっとそれを追いかけた。

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寝子カルガモのお引越し☆大作戦

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