予想できない雨と処暑にぶり返す暑さは恋と似ている｜リアクション

予想できない雨と処暑にぶり返す暑さは恋と似ている

　いつものворとの散歩。それが突然の雨で慌てて雨宿り先を探すことになった稲積柚春は、星ヶ丘の教会へ飛び込んだ。
　軒先で凌いでも良かったけれど、風も出てきた。お祈りをするなら立ち入っても良いだろうかと思っていたら、先客がいたようだ。
　同じ雨宿りだろうか、それともお祈りの最中だろうか。見知った金色の髪の青年に声をかけるのを躊躇っていると、柚春は肩を震わせ小さくくしゃみをした。
「……くしゅんっ」
　人の気配に気づいた青年は、ゆっくり振り返る。困ったような、やっぱりねとも言いたげな顔で微笑むウォルター・Bは、無言で手招きをしている。
「こんにちはウォルターさん。僕も、お祈りしていこうかな」
　ウォルターの大切な、勇敢な黒髪の少年が安らかであるように。
　あんな事件が目の前で起こっても、ウォルターが前を向ける切っ掛けを与えてくれたことに感謝を。
　長い長いお祈りと感謝が終わって、ふっと目を開ける。
　ウォルターがじっと、柚春の様子を窺っていた。
「な、なに？」
「随分と真剣だなぁって」
「ウォルターさんと、あなたの大切な人のことだからね」
「……ありがとねぇ」
　ザァザァと響く雨音だけ、どれだけ聞いていただろう。
　故人を偲ぶ経験が殆ど無かった柚春にとって、この祈りが改めて自分は現実から目を背けているのだと痛感させた。
「……ほおずき市で、ウォルターさんは……あの時の黒髪の男の子が見えていたんだよね？」
「君には見えてなかったの？」
「ほおずき市では、何も見えなかったよ」
　そう、なにも。
　噂通りにすれば会えるかもしれなかった人がいる。
　生きていると信じたくて、探そうとしなかった人が。
「……入院先が分からなくなった友達がいるんです」
　探そうと思えば、探せるのかも知れない。個人情報だから無理だろうと諦めてしまうのは、事実を知りたくないからだ。
「安否が分からなければ、生きてるって思える。だけどそうじゃなかったら……どうしたらいいのかわからなくて」
　ウォルターは目の前で、変えようのない現実として突きつけられた。
　そうでないだけ、引き金をひく心構えができるだけ、自分は恵まれているのかも知れない。
　それでも。
「失った人と、同じくらい大切な人を作るのは……怖くないですか？」
　ウォルターは十字架を見上げ、ふっと笑みを零す。
　いつもの煙に巻く笑い方とは違うなと、なんとなく柚春が思った時。
「――怖いよ。また自分が何かに巻き込んで、自分が大切にしたせいで失うんじゃないかって」
　不誠実に忘れようと、見ないように蓋をしても、現実は変わらない。
　逃げても、前を向いても、起こってしまった事実は変えようがない。
「僕は絶対、ワットを独りで泣かせない」
　自分と同じ年頃の、あの事件のあった直後のウォルターを抱きしめて思った。
　この人は一人で抱えすぎてしまう。放っておけば、自分を守る線の内側に閉じこもってしまう。
「ありがとねぇ。……なら、一緒に前を向こうか？」

　関係に確かな名前など無くて、本当に恋愛対象として見て貰えるのかなって不安になってたよ。　
　生徒を慈しみ、仕事として構ってくれてるのかなって、あの日までは思ってた。
　これは運命とか勝手に期待して、夢を見て。　
　でもねワットに好きだと伝える時まで、強くなりたいとも思うよ。
　あなたは楽しみに、その日を待っていると言ってくれたから。支えられる人になるから。
　もし生徒のまま物語のように愛をぶつけても、届かないのはわかっているんだ。
　この気持ちを知られていても、先生として引いた線はあなたの心を守る線だから。
　ねぇ届けられてるかな？　線の外側からでも、大切な気持ちを。

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