予想できない雨と処暑にぶり返す暑さは恋と似ている｜リアクション

予想できない雨と処暑にぶり返す暑さは恋と似ている

　図書室のカーテンを閉める途中、綾辻綾花は雲行きが怪しいことに気づいた。
　降られる前に帰れるだろうかと、じっと厚い雲を見上げたまま今日の業務を振り返る。
　本来であれば、下校時間にもほど近い今なら早川珪と二人きりになれるので、急いで帰るのももったいないと思うところだが、悪天候に見舞われて風邪でもひいたら、それこそ珪と会えなくなってしまう。
「珪先生、図書室の戸締まり終わりました。今日はこれで――」
　失礼しますね、と続けたかった言葉は突然の轟音とも呼べる雨音に驚いて言えなかった。
　外を見なくてもわかる。これは傘など役に立たないって。
「これは……ちょっと危ないね」
「洗濯物を外に干してきたんですか？」
「ん？　いや、綾辻さんがね。視界も足元も悪いだろうし、こんな中を帰せないよ」
　すぐ裏手の寮住まいであることを知っていても、心配してくれるのは嬉しい。
　だけど、雨の日といえば珪だって思うところがあるはずだ。
「……図書室で、雨宿りしていてもいいですか？」
「ああ、それがいいね。教室に荷物を置いてあるなら、今のうちにとっておいで」
「はい、いってきます！」
　すぐに下校できる準備はできていたけれど、突然の雨のせいか少し肌寒い。
　教室になら羽織れる物が置いていただろうかと思ったけど、めぼしい物は何もなくて。手ぶらで帰るのもなんなので、綾花は途中の自販機で二人分の温かい飲み物を買って図書室に急ぎ足で戻った。
（珪先生は、雨は苦手って……）
　雷や停電という突発的な現象に対してでは無く『思い出すから』と呟いていたことを覚えている。
　もしかしたら、今日だって――。
「珪先生っ！」
　珪は窓際で少しカーテンを捲り、何かへ思い馳せていた。
　苦々しく口元を歪め、一度瞼を閉じて深呼吸をして……なんでもないよと笑う。
「通り雨、ってわけにはいかなそうな雨だね」
　聞きたい。どうしてそんな顔をしているのか。
「たっ、たくさん本が読めそうですね？」
　――聞けない。傷つけたいわけじゃないから。
「珪先生はコーヒーで良かったですか？　さっき教室に行ったら……」
　外は雨が降っている。あの話を切り出すには、丁度良いかも知れない。
　誰かに言うことで軽くなる思いだってある。具体的には力になれなくとも、話を聞くくらいなら自分にだって。
　コーヒーを手渡し、隣り合わせの席に座って。
「……あのっ！」
　勇気を出して絞り出した声は、大きな雷鳴の音に遮られた。
　びっくりして綾花はコーンスープの缶を両手でぎゅううっと握りしめる。停電こそしなかったけれど、この雷を境に雨足が強まってしまった。また大きな雷の音が響き渡るかもしれない。
「雷、苦手なの？」
「その、音が……苦手と言っても、一人だと心細いなと思うくらいですけど」
「そっか、二人で良かったね」
「珪先生も、今は……二人で良かったですか」
　逡巡して、そういえば言ったねと苦笑する珪は――そうだねと、小さく笑った。

　隠されたあなたの知りたい顔は、今知っていいものかと思い躊躇った。
　一人で、苦しい思いを抱えないでと、理由をわかちあいたいと思う私と。大切なあなたを傷つけてまで聞き出したくない私がいる。
　苦手になった雨を少しでも好きになってもらえたらと、何も知らない私は思うけれど……あなたの雨はどんな風に映っているのだろう。
　優しい香りを音を、いっぱい知って欲しい。怖い雨ばかりじゃないと知れたら、笑ってくれるようになるだろうか？
　長い雨がもし笑顔を奪うなら、どうしても雨が苦手なままなら、それでもいい。一人でいないでくれたなら。
　手を繋いでいて？　私があなたの分まで、隣で笑っていてあげる。

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