＜転生＞あなたの傷を治したい｜リアクション

＜転生＞あなたの傷を治したい

●運命の君

　並みの冒険者で太刀打ちできない事案があれば彼に頼めと人は言う。
　サキリ・デイジーカッター。
　愛剣ダマスカスブレードを携え、戦いを求めて世界を旅する銀髪の男だ。
　サキリは、中性的で整った顔立ちは年若く見えるが、熟練の戦闘屋にして凄腕の刃物使いとして名を馳せていた。特定の場所に留まることは好まず、条件次第で傭兵でも暗殺でも怪物退治でもどんな仕事でも受けた。人助けだろうと汚れ仕事だろうと、仕事内容について善悪を問わないのも、彼の名が通るようになった一因だった。ただし生ぬるい仕事は好まない。彼が好むのは、命を張って戦うことができる荒事であった。
　此度の仕事もそんな荒事で、荒野の洞穴に住まう悪しき竜を倒してほしいという依頼であった。
　ほかの冒険者であれば、治癒師や魔術師、遠距離攻撃を得意とする銃使いか弓使いなどとパーティを組み、チーム戦で臨んでも厳しいというほどの強敵である。しかしサキリは独りで乗り込み、勝利してしまった。
「もっとも、無傷とはいかなかったけれど……」
　戦いのあとの荒野のキャンプ地。
　焚火を前に、サキリは上着を脱いでいた。
　傷の具合を確かめているのはエキゾチックな風情の褐色の肌の少女――主人恋しさに異世界転移をしてまで追って来た刀剣の付喪神、ダマスカスブレードちゃんである。
　波打つ髪が闇色と灰色の二色に渦巻くところは、かの刀身に薄っすら浮かんだ独特な波模様を思わせた。

「御主人様は無茶しすぎなんです」
「命に別状はないよ」
「そういう問題じゃありません。御主人様にはもっとお身体を大切にしてほしいと言っているんです」
　ダマスカスブレードちゃんは怒っているのか、ぎゅっぎゅっと力一杯包帯を締め付ける。
「痛っ、もうちょっと優しく頼むよ」
「そのくらい、我慢してください。御主人様に何かあったらって心配した私の心の痛みに比べたら……」
　ダマスカスブレードちゃんが細い肩を震わせたので、サキリは口を噤んだ。
　忠義心の強い娘だ。
　彼女は自分を思って次元の壁さえ超えてきたという。
「寝子島、か……。時々朧気に思い出す、かつての僕が暮らしていたらしき場所……山と海と猫に囲まれた不思議な島の光景は、ぼんやりだけれど懐かしく瞼に浮かぶよ。君は製法が失われた美しい刀剣で――」
「御主人様は私を愛し、夜毎触れてくださいました」
　ダマスカスブレードちゃんは大まじめだが、サキリはその言いように思わず吹き出してしまった。
「その言い方だと淫靡だね。まるで僕が君を手籠めにしていたみたいだ」
「手籠めに！　してくださるのですか？」
「いや、……その一線は超えないでおこうと思うけれど」
　今のところ、と付け加える。これからのことはわからないから。
　ダマスカスブレードちゃんは少し不満そうに、手当を終えて包帯だらけのサキリの背に頬をつける。
「御主人様の手で振るわれて、敵を切り裂くあの瞬間、私はいつも喜びで震えました。御主人様に手入れされ、研いでいただくのはこの上なく心地良くて、とっても幸せなんです」
　彼女の手が、サキリの背を優しくなでた。
　自分がそうしてもらったように、愛を込めて。
「私とご主人様は運命的な力で紐づけられているんです。だからこうして、また会えました」
　運命的な力とやらが本当にあるのかサキリには判らなかったが、彼女の溢れんばかりの忠義心は伝わってきて、それはサキリの冷えた心を温めてくれるものであった。
「これからどうしようか」
「決まっています。ついていきます、どこへでも」
「ありがとう、僕の愛剣。厳しい旅になるが、そばにいてくれる？」
「もちろんです。御主人様の剣として戦うのが私の存在意義ですから。文字通りの意味で死んでも離れないつもりですよ、御主人様」
　死がふたりを分かつまで。
　それより強く結びついている。
　サキリは彼女の手を取った。
　感触はひどく手に馴染み、過去も未来もきっとともに生き続けるのだろうと予感させた。

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