偶発的な事故だけどノーカウントを主張するか悩ましい｜リアクション

偶発的な事故だけどノーカウントを主張するか悩ましい

――秘密ね？

　運命的な出会いをしたカプギアのворとはいつも一緒。
　寝子島に引っ越して１年も経たない稲積柚春は全ての季節が新鮮で、それをворと二人で所謂ぬい活を楽しんでいた。
　広げたレジャーシートには、様々な手作りお菓子とドリンクが並んでいて、器用にもворのサイズまで作られている。

「先生が好きっていうから、レモン系のアレンジばっかりになっちゃったけど……そろそろ飽きちゃった？」

　表情の変わらないカプギアと会話するように笑って、記念撮影。
　気になる人が好きと言っていた物のレパートリーを増やせるのは、ちょっと嬉しい。が、付き合わされるворが本当に食べてくれたならどんな顔をするだろう。

「……先生に、食べてもらいたかったな」
「誰先生に？」
「誰って、いつも話してるじゃない」

　柚春はスマホ越しに見ていたворを小突き、そこに落ちた影を追って顔を上げる。
　キラキラと夏の日差しに煌めく髪が眩しい、ウォルター・B。柚春が好んで、レモンアレンジを選ぶようになった理由。

「当直の先生なら、届けてあげようか？」
「ウォルター先生に食べて欲しかったんです！」
「そうなの？　じゃあ……稲積、伏せるよ」
「へっ？」

　ウォルターが柚春の頭を抱えるように抱きしめて伏せたその時、茂みから何かが勢いよく飛び出してきた。
　ただ駆け抜けていっただけなのか、こちらを襲おうとする意思があるのかはわからないが、まだ近くに生き物の気配がある。

（え？　……えっ！？）

　ウォルターが安全確認をしている中、柚春は顔を真っ赤にして狼狽えていた。
　夏服でむき出しの彼の首筋が目の前にあって、細身に見えたけど逞しい身体なんだな、とか。先生の香りはなんだろな、とか。

「もう大丈夫みたいだねぇ。怖かった？」
「……こわく、ない」

　何があっても、先生が守ってくれるから。
　そう続けたくても、この体勢はドキドキするし、顔は真っ赤になったままだし。なんだったら、混乱か嬉しいのか涙目にまでなっちゃってるけど。
　一呼吸置いて、助けてくれたことを感謝しないと。そう思って、緊張を鎮めるために目を閉じる。
　けれど深呼吸の途中で、なぜか頭突きが降ってきてしまった。
　
「稲積、女の子が不用心な顔、見せちゃダメ」
「……何の話ですか？」

　キョトンとしている柚春は無意識なのだろうけど、冷静にこの状況を説明するのもどうなのか。
　ウォルターが対応に悩んでいると、柚春は少し照れくさそうに小首を傾げた。

「それで、あの……食べてくれるんですか？」
「……へっ？」

　じぃっと何かを期待して見上げる柚春から、レモンの香りが漂ってくる。
　そうだ、手作りお菓子を食べようとしていた所だった。

「あー、いただこうかな」

　ぱあっと笑顔になる柚春は、準備しますと起きようとする。一度至近距離で見つめ合って、鼻先が触れる寸前で気づき、パッと離れようとしたのだけれど。

「ご、ごめんなさいっ」

　慌てて離れようにも、まだ後頭部は押さえられたままだし、なんだったら先生の腰に手を添えていたことなど忘れていたようで――勢いよく、彼を引っ張ってしまった。

（また、先生と頭を……ぶつけ、ない？）

　痛いところなど、何一つない。
　ゆっくり目を開いて、木漏れ日の眩しさに瞬いて。
　それがウォルターの睫毛だと気づいて、ぼんやりしていた頭が一気に覚醒していく。
　ゆっくり空色の瞳と視線がかちあうと、猫のような目は少し丸くなって離れていった。

（これ、キス……、先生と）

　確かに自分の唇が触れたのは、目の前で何か言いよどむ唇で。

「ねぇ稲積」
「はっ、はい……！」

　――秘密ね？

　耳元ではいつもより真面目な声音が響いて、とてもクラクラした。