寝子島は今何時？｜リアクション

寝子島は今何時？

●慌ただしい帰り道

　月原想花はその日、旧市街にいた。夏の制服を着たまま、学校から帰る途中だった。道中、日差しが容赦なく想花の体を焼いている。

「こう暑いと、まっすぐ猫鳴館へ帰る気が起きない……」

　想花は自分の部屋の様子を思う。ただでさえ閉鎖的な部屋は７月だと蒸し風呂のようになっている。扇風機を回したところで焼け石に水。

「うんざりする……あれ？」

　憂鬱な気持ちを引きづったまま歩いていると、何か違和感があった。体の動きがいきなり早くなったかと思うと、次の瞬間には遅くなった。

「一体何が起こったというの？」

　小心者でビビりの想花はこの感覚に半ばパニックに陥った。この意味不明の現象に完全に振り回され、猫鳴館へ帰るはずが気が付いたら魚市場のあたりまで来てしまっていた。
　しかし体にくる感覚が消えることはなく、むしろ強くなっている気さえした。

（どうなってるんだろう）

　困惑しつつもどこか落ち着ける場所を探そうを魚市場付近を彷徨う。すると置時計のようなものが見えて、それを思わず拾い上げた。

「なんだろう、これ？」

　見た目は一般的な置時計のようだが、時刻を表示する部分は数字が不規則に動いていて、今が何時なのか分からない。それに体にやってくる感覚がさらに増したように思う。

（……なんだか嫌な予感）

　これは関わらない方がいい。そう思った直後、背後からヌッと影が重なった。振り向くと、そこには想花よりも大きな人影が立っていた。

（あ、これ、ダメなやつ……）

　想花の予感は的中した。その男は腕を彼女めがけて伸ばしてきた。それを必死に回避すると、あてもなく走り出した。

（とてもじゃないが、ぼくに勝ち目はない）

　なんとなくこの時計が問題なのだというのは察した。しかし投げ捨てようにも男が迫ってきて、そんな余裕はない。ひたすら逃げ続け、そして漁港の突堤に追い詰められてしまった。

「どうしよう……もう逃げ場がない」

　狂う時間感覚。迫ってくる謎の男。パニックがいよいよ極まって錯乱状態に陥る。そして彼女が取った行動は時計を男に投げつけることだった。そのとき彼女は目を強く閉じていたので相手のほうを見ていない。ただそれが功を奏したのか、男の虚を突く形となり、その顔面に直撃した。男の体は大きくのけぞり、そのまま後ろに倒れた。時計は宙を舞い、角から落ちて割れた。

　静かになったのを感じ取ると、想花は目を開く。
　なんだか分からないが、男は倒れているし時計も壊れている。すると男の姿が透明になっていき、やがて消えた。

「た、助かった？」

　事態を飲み込むのにしばらく時間がかかった。
　そして本当に大丈夫なのだと確信すると、膝から崩れ落ちた。

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