深層深淵劇場　天河航路｜リアクション

深層深淵劇場　天河航路

　世界には本来カタチなどない。

「宇宙なう」

　旅鴉月詠は何もない真っ白な空間で筆を振るう。
　いったいどこが宇宙かと問うかね。宇宙とは闇に包まれ星々輝く場所ではないかと。
　見えぬとは残念だ。何もない白い空間のようでいて創作に使う為の資料がそこかしこにあるというのに。
　肝要なのはイメージだ。カタチは関係ない。
「しかしまあ、具体的なカタチにしてみよう。ほい」
　月詠は魔術師が魔法を掛けるかのように筆を動かし、宙に何かを描く。

「キッチンなう」

　瞬きひとつで景色が変わる。
　月詠は煉瓦造りのかまどがある立派な英国風キッチンを忙しなく歩き回る。
「足りないのは何が作りたいか。それだけ」
　歌うように。
「それだけ降りてくればー」
　棚を開けボウルを取り出し。
「材料集めてー」
　冷蔵庫を開けパック入りの液体を取り出し。
「イメージすればいいー」
　ボウルの中にパックの中身をあければ、流れ出た輝きはボウルの中で銀河色の渦を巻く。
　一体それは何なのかなどと野暮なことは聞くべからず。
　何でもできる空間だからって好き放題やってるだけだ。
「でも作りたいものができればあとはすげーと思えるものとか作るだけだから自己満足でもいい。芸術とはそんなもんかもだ」
　渦を混ぜたり捏ねたり伸ばしたりしてかまどの中にぶち込むと、自嘲と満足の間くらいで鼻を鳴らす。
　創造の世界では時間はあって無きがごとし。
「もういいだろう、かまどよ開け」
　甘く香ばしい香りが広がる。いい焼き上がりだ。
　深い藍のクリームを塗って、金や銀のアザランを散らして、
「ご覧。星天のような景気の良いケーキの舞台が出来た」
　林檎飴のような太陽をケーキの中央に据えれば、それは燃える核となって回り出す。
「お次は惑星だ。アイスの水星、プディングの金星、キャンディは真っ赤な火星。ドーナツは勿論土星」
　太陽の周りに配されたまあるく色とりどりのお菓子たちは、真鍮色の軌道を描いて運航をはじめる。
「彗星も欲しいな」
　小瓶の金の蓋をあけれは、白やピンクや水色の金平糖が飛び散って楕円軌道をとる。
　冷蔵庫から出してきた牛乳は太陽系から遠いところで溢れて川になっていく。

「お菓子な宇宙なう」

　なんと愉快で魅力的な光景だろう。呟きをあげればバズること間違いないだろう。
　そんなことを考えていたら。

　目が覚めた。
　枕もとのスケッチブックを引き寄せ、夢に見た世界を描き出そうと試みたが、所詮夢の中のこと。
「朧げで記録できないな……またイメージ降りたら描いてみよう」
　月詠はベットから出ると、アトリエ『魔女の座』と呼びならわす海望む丘の部屋の窓を開けた。
　朝焼けが真横に一条、深い藍の海と空の間に赤き線を引いていた。
　思い立ってタロットを引く。カードの示すところによると。

「宇宙なう」

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あとがき

担当マスター：網透介
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今回もお待たせしてしまいました。大変申し訳ありません。
深層深淵劇場　天河航路、いかがだったでしょうか。

心の深層深淵には思わぬ景色や言葉が潜んでいるものです。
その一端を描かせていただくことができ、うれしく思います。
皆さまの未来がよきものでありますように。

それでは、また次回に。
網でした。

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