深層深淵劇場　天河航路｜リアクション

深層深淵劇場　天河航路

　凝縮された闇があった。
　力強い手で捩じられ、朝顔の花の開くかのように渦を巻く闇だ。
（ここは……どこなの？）
　青山絢は目の前に広がる闇に恐れを抱き、両腕を抱きしめる。
　怖い。それでいて闇の奥からする気配を無視も出来ず、奥へ奥へと歩を進める。
　上下の間隔が曖昧になり歩いているのか落ちているのか分からなくなったころ、無数のシャボン玉のような泡が現れた。泡はまるで蛍のように淡く輝き、暗黒の宙に漂っている。朧げに色を変えるそれに惹かれ、誘蛾灯に呼ばれた蛾ようにそのひとつに近づいてゆく。

　覗き込んだその中に、赤茶け荒れ果てた世界があった。
　黒髪の女性が巨大な翼をもつ竜と戦っている。
　抗い、もがき、傷つけられて──それでも一歩も引かない強さを秘めたぬばたまの瞳。
（これは……私？）
　よく見るとそれは冒険アクション映画の撮影のようで、絢は凛と美しい主演女優であった。

　よき夢だ。ずっと見ていたくなるのを堪えて、他の泡も覗いてみる。
　それらの中にはそれぞれ、女優として様々な姿を演じる絢がいた。
　豪奢な朱の打掛を纏い、歴史と男たちの戦いの中で翻弄される歴史ロマンスのヒロイン役。
　善良そうに振舞いながら男も女も翻弄していくミステリの中の残酷な悪女役。
　コメディドラマでは、コメディエンヌとして主人公を支えるパートナーを演じる。
（これが……様々な役柄の様々なドラマの、自分の人生として生きる私の姿）
　こうなる未来があり得るということだろうか。
　いまだ自信は持ちきれないが、泡に映るものが、自分の才能が開花して華やかな世界で成功した自分の将来だというなら嬉しく思う。そうであるはずなのに。不明瞭な不安を拭えぬまま次の泡を見て、絢は慄然とした。
　そこには役を得るために手段を選ばぬ己の姿があった。
　ある時は枕営業と割り切って好きでもない男と寝、またある時はライバルを潰すために策略を巡らせ、悪徳なマスコミやならず者とも金の縁を結ぶ。
　綺麗な夢は、汚い現実を伴う。光が強ければ強いほど、影も濃くなるように。

（だから何？　判り切ったことでしょ。それが私がこれから歩もうとしている、女優という生き方）
　浮き立つような高揚感は醒め、冷静さが胸の内に訪れる。
　絢は蛍のように光る泡たちの奥、捩じられゆく闇を睨め付けた。
　そこに甘っちょろい子どもの自分が潜んでいるように思えて。
「こんなものを見せつけて……私が諦めると思ったの？」
　拳を振るってすべての泡を弾け消せば、もとの渦を巻くような闇だけが残っていた。

　予見なんかいらない。
　そうせねば伝えられぬことがあるなら。そうせねば晴らせぬ想いがあるなら。する以外の選択肢はない。
　光も闇も呑み込んで演じ切る。それだけだ。

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