蝉羽月に衣替え｜リアクション

蝉羽月に衣替え

●蒸し暑さを乗り切るために

　初夏の訪れは景色を緑に変え、この季節特有の風が流れる。しかし猫鳴館は昼もなお暗く、そして一層蒸し暑くなっている。その一室で月原想花は茹っていた。

「暑い……」

　絞り出すような声で想花は呟いた。
　エアコンの類があるはずもなく、扇風機があれば上等といった状況。ならば扇風機で対処すればいいかというと、そうもいかない。
　猫鳴館は契約アンペアの関係なのか、よく停電になる。そのため玄関や廊下など最低限の照明を自家発電で賄っている。これでは全力で扇風機を回すことも難しい。

「暑い……」

　先ほどと同じ言葉が口から漏れる。それ以外に何も浮かんでこなかった。まるで蒸し風呂に閉じ込められたような暑さで、部屋着のTシャツもあっという間に汗まみれになってしまう。そのため１日に何回も着替える羽目になる。

（手持ちのTシャツは３０着あるが、このままじゃあっという間に使い果たしてしまう）

　ふわふわする頭で、なんとかスマホを手に取った。流石にＴシャツを使い果たすのはまずいので、どこかでＴシャツの安売りをしてないか検索する。

「……お、これは」

　どうやらシーサイドタウンでアウトレットセールをやっているようだ。『Ｔシャツつかみどりセール』とタイトルにはあるけれど、タンクトップなどもつかみどりで買えるらしい。

「行くか……」

　想花は暑さに対抗するように体を起こすと、出かける準備を始めた。
　いざセール会場に行ってみると、安さに惹かれた人々であふれかえっていた。形容しがたい熱気が想花に襲い掛かる。一瞬ドン引くが、覚悟を決めてその人波に突っ込む。
　踏み込んで分かったことは、そこは戦場だということだった。誰もが自分の欲しいものを手に入れようと必死になっている。それに抵抗するように、想花はどうにか手を伸ばし、いくつか戦利品を獲得した。

（し、しぬかとおもった……）

　人波から離れて、手にしたものを確認する。あのなかでは何を掴んだのかすらはっきりしなかった。内容はＴシャツが１１着、タンクトップ８着。いずれもサイズは合っているようで問題ない。色遣いが派手なものがあるのを除けば無難に着られるものばかりで安心した。

「あ……」

　ふと、眼鏡に違和感を覚える。どうやらこの激戦でレンズが割れてしまったらしい。ヒビの深さが先ほどの戦いを物語っている。何ともいえない気持ちを抱えたまま、アウトレット内の眼鏡娘一番で新調した。

「これじゃ損したのか得したのか分かんないな」

　予定外の出費に頭を痛める想花は、残念そうにため息を吐いた。