ソウメーンを食べ尽くす。口で言うよりもそれは実に難しいことであった。
　魔獣ソウメーンは徐々に増えるのだ。言うなれば無限増殖する素麺である。そんなもの、フードファイターですらじわじわと追い込まれ、手に負えないだろう。
　調理班から移動し、既にどんぶりを数十杯は平らげているツクヨですら箸の速度はもう低下気味であった。
　その隣で風雲児 轟はもう何杯目かもわからない素麺をちゅるりと飲み込んだ。腹には中々の素麺がある。
　冷や汗をかく頬を拭いながら轟は彼の弟子である勇者の少女ナディスへ言葉をかける。
「いいか、ナディス。こいつは持久戦だ……敵は目の前のやつだけじゃない、わかるか？」
「はい、ししょー……うぐっ、お腹の中で膨れる素麺、ですよね」
　ナディスは少々机に突っ伏し気味になりながらお腹を押さえていた。大きな乳房が机で軽く潰されている。
「その通りだ、時間と水分……こいつらが俺たちを徐々に攻め立てていく。なんせ麺だからな、奴は。胃の中で膨らんでいくって、わけだ。時間が経つほど俺達は不利になっていく、こいつは時間との勝負だぞ」
　新たな素麺を食べ始める轟の箸の速度は食べ始めた当初と変わっていない。けして腹に溜まっていないわけではない。ヒーローとはいえ、彼も人だ。食べれば腹に溜まる。
　ならなぜ箸の速度が落ちないのか、それは彼の根性に由来する所が大きい。
「ここが正念場だぞ、ナディス！　じゅるるっ、ぷはっ、俺たちが負けることは許されない、寝子島が素麺だらけになっちまうからな！」
「はいっ！　はむっじゅるじゅる……味を変更すればなんとか行けます！　ししょーも食べます？　唱華さんが作ってくれたピザ風素麺、美味しいですよ」
　味を変えた方がいい。彼もそう思ってピザ風素麺を口に放り込んで気が付いた。そう、これにはチーズが使用されている。お腹に溜まる物体の代名詞とも言えなくはない。
（ぐはあぁあっ濃厚なチーズの、重みが……だが、美味い！　手が止まらなくなりそうなほどに！　しかし、これは速度は上がるがまさに諸刃の剣……くぅ、持ってくれよ、俺の腹あぁ！）
　そんなことを思いながら、ピザ風素面を摘み、麺つゆを主体に少量ずつ素麺を平らげていく轟の隣でナディスの食べる速度が上がったのだ。
（もぐもぐ、ここにきてナディスの速度が上がる！？　さっきまでは辛そうだったが……あ、あれは！）
　彼の目に飛び込んできたのはそう、お菓子風素麺である。クロワッサンのような形をしたもはや言わなければ素麺と気が付かないような代物だ。
　それをさくさくとナディスは美味しそうに食べている。女子の“甘いものは別腹”というのはこういうことかと轟はナディスを見て思った。
「ししょーもおひとつどうですか？　結構、バターが効いてて味が変わっていいですよー」
（確かに味変には最高かもしれないッッ！　だがッ、俺の腹の限界は近い、そんな状況でのバター系菓子ッ！　いらんというべき所だろうが、弟子の好意を無下にするのは師匠として無しだ！　よし、食べてやろうじゃないか、来いよ、バター系素麺ッッ！）
　差し出されたお菓子風素麺を受け取ると轟はそれを口に放り込んだ。
　サクサクとした心地よい触感と甘味、バターの香りが口いっぱいに広がる。実に美味しいお菓子だった。
　だが彼にとっては甘さ香るソウメーンの拳でストレートパンチを食らったようなイメージが浮かぶ。
「……へへ、効いたぜ今のはよ。だが、俺は負けないっ！　見ろ、ナディス！　ソウメーンが大分小さくなってるぜ！　もうひと踏ん張りだッ！」
「よーし、このまま食べ尽くしちゃいましょう、ししょーッ！」
　甘い物で回復したナディスと既に満身創痍な轟はソウメーンとの再びの戦いに挑むのであった。

◆

　席の一角ではチビナミ、ちーあと共に八神が周りの状況を見ながら素麺を食べていた。
　彼が持ってきた各種の薬味を用い、チビナミもちーあもなんとか飽きることなく素麺を食べ続けている。
「このネギとかいう奴はものすごく美味しいのですよっ。食感も味も私は気に入ったのですっ」
「それは良かった。ナミはどうだい？　ちゃんと美味しく食べられているかな？」
　八神の問いかけに口の端に少しマヨネーズを付けながらチビナミは笑顔を見せる。
「とても美味しいのじゃ！　この“まよねえず”とか言う物がなんとも言えないコクが出ていいのじゃよ、お主、中々の目利きじゃのう」
　口の端のマヨネーズに気が付かないチビナミのマヨネーズを拭ってやると、八神はいくつか変わり種をキッチンへ用意しに行く。
　彼女らがそろそろ素麺に飽きるだろうと、彼が二人の要望を聞き、自ら調理に挑む。
　運ばれてきたのはチビナミの要望で作ったチーズ焼き風素麺、ちーあの要望で作ったフルーツの入りのシロップに浸された蜜豆風素麺。手早く用意していた彼の手際は実に慣れたものだ。
「チーズはお腹に溜まるから摘まむ位に。うん、美味しい。大分変わり種だと思ったけど、蜜豆風もアリだな」
　それぞれが要望した素麺を食べ、ちーあとチビナミの二人はぱあっと明るい笑顔を見せた。
「フルーツもシロップにひたひたの素麺も美味しいのですよぉっ！　甘い物は……至高、なのですっ」
「この香ばしいチーズの焼き加減や硬すぎない素麺の感じ……ヤガミ、お主、やりおるのう。はむはむっ」
「それはよかった、二人が喜んでくれたようで何よりだよ」
　そうこうしているうちに素麺の売り切れが宣言される。
　皆の奮戦もあって魔獣ソウメーンは食べ尽くされ、寝子島の危機はここに過ぎ去ったのだった。

◆

　じりじりと日差しが暑い日。
　ちーあたちの滞在するアパートの階段をティオレと轟がエアコンの両端をそれぞれ持って上がっている。
　上階の柵から身を乗り出し、八神が指示を出しながら三人は部屋内へとエアコンを運び終え、協力して部屋に設置した。
「でっかい箱なのですよ？　これがどうやって涼しくなるのです？」
　ちーあは機械生命体ではあるが、異世界の住人。まだまだ寝子島に流通している機械の仕組みを理解していない所がある。
　チビナミはおっかなびっくりエアコンをつついたりしている辺り、彼女もまたその知識はないのだろう。
「エアコンは夏に必須だからな。見ていてくれ、冷房で起動、っと」
　リモコンを押し、しばらくすると駆動音を響かせ、エアコンが冷たい風を吐き出す。
　まるで初めてエアコンを見た猫のようにちーあは飛び上がって驚き、チビナミは目を丸くして身体を強張らせていた。
「唸り声を上げながら冷たい風を吹くじゃと！？　こやつ、新手の魔獣では――むぎゅっ」
　武器を構えようとしたチビナミを止め、八神は笑う。
「こらこら、これは魔獣じゃないぞ？　暑い部屋を涼しくしてくれる機械だ。操作方法を教えるから有効に使ってくれ」
　妙子と唱華が用意した飲み物を飲みながら、一同は涼しくなった部屋でくつろぎ、心地よいひと時を過ごす。
　こうして、ちーあたちの部屋にもエアコンが設置されまたひとつ、彼女たちの部屋の文明が進むのであった。