とまどいエチュード｜リアクション

とまどいエチュード

◇終幕
　王城の一室で、王子役の鴻上彰尋は悩んでいた。
　もう少しで、ラッセルがここにくる。そして自分が討たれてこの舞台は終幕だ。
　だが、ふさわしい幕切れが切れるだろうか。
（――おじいさん）
　彼のまぶたの裏に、一人の男の姿が浮かぶ。
　彼は役者だった。
　さまざまな役を演じた彼は、特に王族と呼ばれる役を演じるのを得意とした。
　威厳ある慈愛の王から、狂乱の暴君。あらゆる『王』と名付けられた役を演じ、観客達に大きな印象を残した。
　圧倒的カリスマ、あふれ出す人間のレベルの大きさ――。
　今回の王子は、小物も小物。愚昧な引き立て役だ。
　それでも、精一杯演じる。
　だが、どのようにすればいい？
（おじいさんは――）
　いまはいないその人の事を、彰尋は考える。
（おじいさんは――どうするんですか？）
　観客席の闇から、その時するどい視線が、彼を貫いているように思えた。

　バアン！
　その時、王宮の大広間のドアが開かれた。
　王子に怒りを燃やす群衆。
　その先頭に立つのは、闇の魔王、キングス。
「はははは！　どうだ、動きはどうなっている！」
　圧倒的なカリスマ性を見せつけ、王子と対峙する。
「そこの！　――そうだお前、酒をもってこい！
　上等なヤツだ。わかったな！」
　その場で最上級の赤ワインを開き、一気に呷る。
　一足早い、勝利の美酒だ。
　不敵極まりない、闇の王。
　ＢＧＭの『魔王』が、一段と高鳴った。
（これは快感……）
　闇の王になりきったラッセル、演技の喜びに打ち震える。
（普段できねーことやんの、気持ちいい。ストレス発散になりそう）
　とはいえ、いつまでもこの『夢の舞台』にいることはできない。
　自らの手で、終幕を迎えなければ。
　キングスは相手の王子をきっとにらみ据える。
　満座が、一気に静まりかえる。
　
　音もなくキングスはコートを翻し、王子の懐に駆け寄る。
　二人の影が交錯する。
「ごめん」
　すれ違う瞬間、キングスからラッセルへと戻った彼が、そっと彰尋に囁く。
　次いで、煙と火花が散って、キングスの拳銃の発射音が舞台を聾した。

　――そうだ。
　本物か偽物かわからぬ苦痛の中で、彰尋は考えた。
　――そうだ、こういう時、おじいさんは……。
　彼は記憶をよみがえらせた。
　最後の時を迎えた王は、その器量の大小、善悪にかかわらず、痛みも苦しみもなく、じっと宙を見据えて……。
　――運命を従容として受け入れるように――。
　――天を睨むんだ。

　カッと見開かれた瞳。
　そのすさまじい、なにものかが憑依したような顔に、観客達も静まりかえる。
　やがて彰尋は、ふらりふらりと全身を揺らしながら――。
　奈落の底へと、逆落としになった――。