春を丸ごと！いただきますフェア｜リアクション

春を丸ごと！いただきますフェア

　楡宮遠海が『春を丸ごと！いただきますフェア』の存在を知ったのは朝のことだった。おかげで授業に集中出来なかった。
　遠海は昼休みを告げるチャイムと同時に教室を飛び出し、全速力で食堂に滑り込んだ。
　カウンターの向こうに立つ食堂のおばちゃんに言い放つ。
「おばちゃん、春限定メニュー全部くださいっ！」
　目をぱちくりしたおばちゃんはくすりと笑い、
「はいはい、ちょっと待ってねー。凄いねぇ、一番乗りだよ」
　食堂内で食べている生徒はまだいない。ようやくちらほらと食堂を利用する生徒が入ってきていた。
「春の限定メニュー目当てで、急いで来ました」
「楽しみにしてくれてたなら嬉しいね」

　十分後。
　遠海の前には注文した春限定メニューがこれでもかと並んでいた。

・たけのこ御膳
・かつお御膳
・新じゃがと鶏のバター炒め定食
・ほたるいか定食
・マンゴーパフェ

　遠海は手を合わせた。
「いただきます」
　すでに辺りがざわついているが、気にしない。

「あの子すげー……」
「全部一人で？」
「めちゃくちゃ痩せてるけど……」

　まずはサラダ。と言っても定食についているものではなく、サービスでもらったポテトサラダだ。マヨネーズで味付けされたじゃがいもときゅうり、人参。新じゃがと鶏のバター炒め定食とはまた違ったいも料理だ。
　一口二口の量だが、滑らかな舌触りとマヨの風味、前菜にぴったりだ。

　そして、いよいよ限定メニューである。
「まずはかつお御膳！」
　ぷるぷるのカツオの切り身を箸で摘み上げる。
「あーむっ」
　わさび醤油をつけて口の中へ。
　噛んだ瞬間にじわりと油が溶け出し、身もとろける。つんとしたわさびがアクセント。
「お、おいしいー…」
　食が進む。
　彼女を見ていた周囲が見惚れるほどのたべっぷりである。口の端が汚れないように、具材の大きさを調整し、流れるように運んでゆく。
　次に新じゃがと鶏のバター炒め。手を付ける前からバターの良い香りを鼻に感じる。
鶏肉とバター、控えめな塩気にホクホクのじゃがいもが合う。口の中でなめらかになる舌触りが最高だ。

　周囲から聞こえてくる。
「お、おれもあれにしようかな」
「あ、わたしも」　
　遠海の食べているものに注目が集まっているらしい。

　さっぱりとしたホタルイカ定食を挟んで次はたけのこ御膳。冷たいお茶で口の中をリセットした遠海はご飯茶碗を持って、たけのことご飯を一口。
「ん！」
　控えめな塩気、シャキシャキのたけのこ。つやつやとしたかためのご飯が美味しい。
　おかわりしつつ、最後の一口をきれいに箸で回収し、
「んん」
　箸を置いて、両手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
　ご飯粒一つ残さない食べっぷりに拍手さえ起こりそうな雰囲気だったが、遠海は手際よく食器を片付けて、返却口へ。
「美味しかった〜」
　そのまま食堂を後にした。

　

このページにイラストを設定する