歌ってみよう／踊ってみよう｜リアクション

歌ってみよう／踊ってみよう

　イングランド出身のアシュリー・アンダーソンは日本語には不自由しなかった。
　なので机の上のマニュアルを読み、状況を理解した。
「歌か踊りか……踊りのほうが自信があるから、上手く踊れそうな曲を探してみるとするか」
　そう思ったとき、不意に背後でどさり、という音がした。
「うわっ！　なんだここは？」　
　麦わら帽子をかぶった小柄な少年が、周囲を見回している。
　その顔になんとなく見覚えがあった。
「あれ？　同じクラスの……」
「アシュリーだ。君は確か、そふとだったか」　
　目を丸くした畑そふとは、頷いた。
「なんなんだここ？」
　きょろきょろ室内を見回すそふとに、アシュリーは説明する。　
「そこに書いてあるが、歌うか踊るかして動画を配信し、視聴回数を１００００回にしないと出られないらしい」
「な、なんだよそれ……もしかして、神魂ってやつの影響なのか？」
「さあ、あたしにはわからないが。一人よりは二人の方が視聴回数を稼げそうだ。やってみようじゃないか」　
「お、俺踊れないよ……」
「何、恥ずかしがることはないさ。ステージに立つのと違って目の前に観客がいるわけじゃないし。おや、この曲、振り付けが派手で目立ちそうだな。テンポが速めなのは……好きだからいいだろう。衣装は曲のMVのに寄せて、っと……」
「俺、できないから一人でやってくれよ」
　なおも恥ずかしがるそふとだが。
「無理にとは言わないが、視聴回数が上がらないとここから出られないぞ。とりあえず着替えるから後ろを向いてくれ」
　慌てて壁の方を向いたそふとは、手持ち無沙汰に壁の衣装を眺め。
「どうしても視聴回数が伸びなかったらやるよ……」
　そうつぶやいた。
　
　着替えたアシュリーは、ミュージックビデオを見ながら振り付けの実践を始める。
　そふとはマニュアルを読み、それを配信する。
　最初はミスも多くなかなかスムーズにいかない。
「再生回数１００……どうやったら１万になるんだ？」
　そふとがため息をついた。
「段々と慣れてくる。他の事柄と一緒さ。動きを一個ずつ、確実に覚えていこう」
　失敗にめげず努力を続けるアシュリーを、そふとは黙って眺めていたが、カメラの死角で壁から取り出した。
　着替えるとサングラスをかけ、意を決したようにアシュリーの後ろで踊りだした。
「やってくれるのか」
　拙い踊りだったが、アシュリーは嬉しかった。
　
　うまくはないものの、そふとは粘り強く踊り続け、くじけなかった。
　再生回数は、いつの間にか３０００を超えていた。
「いつになったら出られるんだろうな？」
　そふとのつぶやきにアシュリーは答える。
「努力すれば、やがて視聴者からも良い評価を受けるだろう。前よりかは少しばかり視聴者が増えているしな」
「……お前、踊りより瓦割りのほうが視聴回数稼げるんじゃないのか？」
「……あいにくここに瓦はない。それに痛いから、やるならそふとにやってほしい」
「嫌だ」

　休憩をはさみつつ、二人は踊り続けた。
　少しずつ息が合っていくと共に、視聴回数は伸びていき。
「やった！　１００００だ……」
　汗をぬぐいながら言うそふとに、アシュリーは笑みを向けた。
「この場所との別れは、少し寂しい所もあるな……」
　次の瞬間、アシュリーは元居た場所に戻っていた。

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