歌ってみよう／踊ってみよう｜リアクション

歌ってみよう／踊ってみよう

　ある日曜日。
　女子高生シングルマザーの梓智依子は、４歳の娘と一緒に昼寝をしていたはずだった。
「……ん？」
　気がつくと見慣れない場所にいた。
「ここは夢の中かしら？」
　夢にしては妙に意識がハッキリとしている。
　けれど眠りが浅い時、夢と現実の区別がつきにくいことはままあるから、やっぱりこれは夢なのだろう。
　とりあえず周囲を見回してみる。

　目の前にはぎらぎらと七色に光るパソコンに、大画面のモニター。
　座り心地最高なリクライニングチェア。
　ＷＥＢカメラとヘッドセットは、どうやら配信用機器なのだろう。
　そして壁にずらりと並んでいる衣装やコスチューム、着ぐるみなど。
　だめ押しに、嫌でも事情を察せられる『＜歌ってみよう／踊ってみよう動画＞を撮影してMewtubeに投稿しないと出られない部屋』という文字。
「どうやら踊らなきゃいけないみたいね……？」

　意を決した智依子は、とりあえず衣装から探してみることにした。
　娘が喜びそうだと思いながら可愛い着ぐるみを眺めつつ、智依子が選んだのは肩やおへそが出るストリートダンス系の衣装。
　カラフルな髪飾りや首飾り、腕輪もガーリーでキュートにまとめた。
　中高生なら可愛らしいだけの衣装だが、ファッションモデルを彷彿とさせる智依子が着ると、健康的なセクシーさと共にクールに決まっている。

　実は智依子は、ストリートダンスが得意だった。
　ダンスなんてもう何年も離れていたけれど、先日思いがけず新入生歓迎会でステージに立つ機会があった。
　小学校の頃ストリートダンス大会の小学生部門で優勝し、才能があると褒められた。
　中学に入ってからもストリートダンスを続け、プロを目指して通っていたスタジオを別なスタジオに変えた。
　13歳の時そこのコーチと恋に落ちて……現在に至る。
　夢見た形ではなかったけど、ストリートダンスは確実に智依子の人生を変えたのだ。

（もう踊る機会なんてないと思ってたけど、夢の中だから失敗してもきっと大丈夫よね）
　マニュアルを読んで曲を探し、智依子は思う。
（思いっきり好きなように踊り倒そう）
　手首や足首の柔軟をこなし、軽くステップを刻んで。

　カメラのスタートボタンを押し、まずはゆるやかなステップから踊り始める。
　曲に合わせて高速のツイストステップに切り替え。
　ここからが本番だ。
　床に両手を突いた状態でステップを踏みながら回転をつける。
　鍛えられた体幹はぶれることなく、回転と共に両足が宙に浮いた。
　視聴回数はぐんぐん上がっていき、あっさり１００００を超えた。

　回りながら両足を高く上げてゆき、最後は片手倒立で高速回転。
　ぴたりと止まった後、見事に着地を決めた。
（決まった）　
　踊り終えて、満足して目を閉じた。

　
　次の瞬間
　目を開いたらキョトンとする娘の顔があった。
　いつもと変わらない自分の家だ。
「ママ、すごくたのしそうなおかおしてた」
「……そう。楽しい夢だったわ」

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