サンジョルディ／本と花につつまれて……｜リアクション

サンジョルディ／本と花につつまれて……

●本と花と思い出

　森本明乃は寝子島図書館で過ごしていた。今年から館長となったこの場所では、毎年この時期になると『サン・ジョルディの日』にちなんだ企画をする。
　『サン・ジョルディの日』は　スペインのカタルーニャ地方で生まれたイベントで、その国に伝わる伝説から愛する人に赤いバラを贈るようになった日。そしてこの日は著名な作家たちと様々な結びつきがあり、そこから本を贈るという風習が広まった。
　現在では男性は女性に赤いバラを贈り、女性は男性に本を贈るというのが一般的だ。図書館ではこの日にちなんでおすすめの本を紹介したり、花言葉などを紹介している。

　館長である彼女は、普段からあまり館長室には居ない。よほど忙しかったり、必要がないかぎりは巡回と称して館内を歩いている。そして人目につかない場所を見つけては本を読んでいる。
　今日読んでいるのは花の写真集。
　季節ごとにページ分けされており、花の外見や生息地、ちょっとした豆知識などが書かれている。いろいろな花を眺めていると、子供の頃に将来の夢を尋ねられたことを思い出す。

『花屋さんになる！』

　あのときの彼女は元気にそう答えた。
　実際、今から４０年ほど前は、図書館で花の図鑑を読みふけったり学校帰りに花屋に寄り道していた。本よりも花が好きだった。

（空手なんかより花を見ている方がずっと好きだったな）

　子供の頃は体が弱く空手を習わされていた。おかげで体は丈夫になったものの、花のほうが好きなのは変わらなかった。

（……色々あって結局、花屋さんにはなれず、なぜかいまじゃ図書館の館長。しいて言えば大学時代に司書の資格を取ったのが、今ごろになって生きてくるなんて、世の中どう転ぶか判らないわね）

　懐かしむように微笑むと、ふたたび本の世界へ戻る。そうして本と過ごしたり、仕事に戻ったりを繰り返していくうちに時間は流れていった。そしてようやく今日の仕事が終わったので、帰り支度をする。

（久しぶりに何か花を買って帰ろうか）

　今日は『サン・ジョルディの日』ということで、帰宅途中に花屋に立ち寄ることにした。見かけた花屋に入ると、個性あふれる香りたちが明乃を出迎える。しばらく店内を歩いていると、ふとある花が目に留まった。少し考えて、店員に声を掛ける。

「このお花、鉢植えで買いたいんだけど？」
「かしこまりました」

　店員はそう言うと、ネモフィラを丁寧に包んで明乃に手渡した。それを抱えると、彼女は嬉しそうに店を後にした。

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