春には春の｜リアクション

春には春の

　お供えもので酒盛りを始める付喪神たちに今日は一階を提供し、千早たちは一階部分の端に据え付けられた階段箪笥を使って二階に上がる。
　一階部分に比べて新しい扉を潜り、改装された居住部に入る。窓が取り付けられた二階部分は灯りをつけずとも十分に明るかった。
　インスタントコーヒーと紅茶と煎茶、あとは牛乳と粉末苺牛乳の素。まだまだ物の少ないシステムキッチンに立ち、三人それぞれから聞いた好みに沿って飲み物を用意する。
　あったかい飲み物を囲んで四人で座るのは、リビングに置かれたテーブル。ちなみに珠は迷いに迷って結局こんの膝にとりあえずの居場所を定めた。
「いちご！」
「いちごだ！」
　苺牛乳に目を輝かせるこんとユニに目を和ませ、
「飲んだことなかったんやけど、美味しいものですね」
　紅茶の味に笑う夕に庭に植えるものについて尋ねてみる。薬味くらいは植えようかと思う話をすれば、夕は思い出したように風呂敷を解いた。中から出てきたのは保存容器に詰められた煮物と佃煮。
「ようけ作りすぎてしもて。良かったら食べたってください」
　どこか嬉しそうな様子で差し出されるものを遠慮するのも申し訳ない気もして、ありがたく受け取ることにする。
「こんのは？」
「何や、お腹空いたん？」
　姉と妹というよりは母と子じみたこんと夕の会話に、千早はふっと瞳を細めて笑った。
「ほなそろそろお暇しよか。紅茶をごちそうさまでした、美味しかったです」
「いちごぎゅうにゅう、ごちそうさまでした！」
　気が付けばもう夕飯の支度を始めるような時間で、帰るというふたりを家にまで送ることにする。
「おおきい手！」
　右手にこんのあったかい手、左手にユニの冷たい手を繋いで古家家まで歩いたその帰りは、今度はユニと手を繋ぎ、家までの椿の垣根の道を辿る。
「遊びに来てくれてありがとう」
　繋いだ手を揺らして言えば、ユニはうふふととても楽しそうに笑った。
「帰ったら一緒に家の探検しよう」
　泊まれるかと聞けば、ユニは繋いだ手を掲げ、千早と一緒にバンザイをした。そうだ、とポケットいっぱいに詰めていたシーグラスや貝殻を空いた掌いっぱいに取り出して、お土産だと顔を綻ばせる。
「宝物だ」
「うん！」
「ひとつひとつ眺めてながら、海の話を聞きたい」
「うん！」
　ロフトに布団二組敷けるだろうかと考えるのも楽しくて、千早はユニと繋いだ手をまた大きく揺らす。
「ただいま」
「ただいまー！」
　玄関の扉を開いて声を掛ければ、夕闇の落ちた一階の何処かから付喪神たちの笑い声と陽気な歌声が聞こえた気がした。

　──後日、あたたかな春風の穏やかな午後に訪れたのは、星ヶ丘の小さな植物園。秘密基地の入口のようにぽんと開いたローズマリーの生垣の半ばの穴を潜り、少し気まずい気持ちを抱えて園内にある温室カフェ『Oz』の扉を開ける。
「今日は、神代さん」
「今日は」
　すっかり顔見知りになった店員の新村が屈託ない笑顔で迎えてくれたことに安堵しつつ、猫が好きなハーブはないかと聞いてみる。
「キャットニップかしら。外にもたくさん植えていて、ええと……」
　カウンターから出てきたかと思えば、新村は温室の外からポット入りのハーブを持って戻ってきた。
「初夏の頃に可愛いお花を咲かせてくれますよ」
　ミントによく似た葉を持つハーブを楽し気な顔で説明してから、袋に入れて差し出す。
「引っ越し祝いです」
「ありがとうございます」
　言葉少なに、けれど丁寧に頭を下げる千早に、新村は柔らかな笑みで応じた。
　キャットニップと苺の苗と、それから海の色とよく似た青色のストロベリーポットと。植物園で貰ったり購入したりした品を手に、家路を辿りながら考えるのは、春の庭にこれから創る花壇のこと──

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あとがき

担当マスター：阿瀬春
ファンレターはマスターページから！

　神代さん、お待たせいたしました。春のお引越しに関する色々、お届けにあがりました。

　このたびもご依頼ありがとうございました。おかげさまで、とてもとても楽しく描かせていただきました。
　春の庭つくりも、新居に関する色々も。ともすれば日常に埋もれてしまいそうな出来事も、神代さんにかかれば素敵なことになりますねえ。

　ご参加くださいまして、お読みくださいまして、ありがとうございました！
　少しでもお楽しみ頂けましたらさいわいです。
　またいつか、お会いできましたら嬉しいです。

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