◆信じる想い
「慎之介くん。今日美術館に行こう？」
　学校へ登校中、月守 輝夜はクロスバイクに乗り通学している青木 慎之介を見掛け挨拶を交わした後、デートに誘っていた。

「ホワット？　月守ってアートに関心あったっけ？」
「えっと、ちょっとね？　慎之介くんも関心あるかなって思って」
「俺？　んー、待てよ？　美術館っていろんな国のビッグな人のアートが見れるんだよな。ってことはビッグドリームを掴むための何かヒントがあるかもしれないな。イエスッ！　関心出てきたッ！　オウケイッ！　行こうか月守！　じゃ放課後な！　スィーユッ！」
「あ、もう……一緒に登校しようよ……」
　何か発見があったり嬉しくなるといても立っても居られなくなるのが慎之介の性格だった。恐らく美術館に行くために知識を付けようとしているのだろうと分かる。それでも残り少ない一緒の時間を過ごせず、輝夜はもっとむくれてしまった。

　輝夜が美術館に慎之介を誘ったのには理由があった。ホワイトデーに名画で有名な『白夜の恋人たち』の前でキスをすると、永遠の絆が結ばれるという噂があるのだ。その噂を輝夜は試してみたいと思っていた。

　そして学校が終わり放課後になると、慎之介は真っ先に輝夜へと会いに来て、一緒に美術館へと向かい入館していく。

　数々の作品を眺めながら歩く二人。ほんとは輝夜は芸術がそこまで解らず、ハテナばかり浮かべてしまう。対照的に慎之介は作品を見ながら喜んだり感動したりしている。なんだか置いて行かれているようで、同じ目線に並びたくて、輝夜は慎之介に訊ねてみる。

「ねえ慎之介くん。この作品はどんな意味があるの？」
　慎之介が眺めていた作品を輝夜が指差す。その絵画には、大きな壁に鮮やかな色が塗られていく途中の絵で、真っ白な壁と、周りには美しい町並みが描かれている。訊ねられると慎之介は自信満々に説明を始める。

「これか？　この真っ白な壁は世界の広さを現しているんだ。ほら、周りや下の方は色が付いてるだろ？　つまり見えてる世界の美しさしかまだ描けない。美しい世界はまだまだいくらでもあるってことに違いないな！　アンサッ！」
　全く根拠はないのだが、自信満々に説明されればそうなのかもしれないと思える。正否はともかく意味が見えてくると少し楽しくなってくる。

「すごいね慎之介くん。私何が描かれてるか分かんなかったのに」
「まあな！　アートは見る人の感性で見え方は変わるって本に書いてあったんだ。つまり自分なりに感じたことに納得できればそれで良いんだと思う。難しく考えないでフィーリングッドッ！」
　良い表情でサムズアップを送る慎之介。そっか、自分なりで良いんだ。そう思うと色んな作品の意味を考えたくなってきた。

（やっぱり慎之介くんってすごいな。どんなことでも楽しく出来て）
　だから一緒に居て、楽しい。どんな時でも明るくて楽しくて、見ているだけで自然と微笑んでしまう。好き。そんな友達としての好きは、どんどんと大きくなっていた。

（私は遠距離になっても、好きな気持ちは変わらないけどな）
　慎之介が何処へ行ったとしても、この大きくなった好きはきっと消えてしまったり、小さくなっていくことはないと思う。そう感じる。

「慎之介くんのばか」
　小声で呟いた。私の好きを、まだまだ見えてないんだから。真っ白な壁を眺めた後、輝夜はそう思った。

　輝夜は噂の『白夜の恋人たち』の前まで来ていた。そして慎之介を誘っていく。
「慎之介くんこっちに来て」
「ん？　どうした？　月守、何かあ――」
　慎之介が絵の前まで来た瞬間、輝夜は慎之介に身を寄せ、慎之介の唇に自分の唇を重ねた。驚き瞬きをしている慎之介から唇を離し、輝夜は説明していく。

「噂。この絵の前でキスすると、永遠の絆で結ばれるんだって」
　輝夜は真っ赤になり照れる慎之介へと顔を近付け、じっと慎之介の目を見つめる。

「永遠の絆が結ばれたら遠距離だって平気でしょ」
「遠距離？　あ――」
　慎之介は海外留学で離れ離れになってしまうことを輝夜が気にしているのだと、やっと気が付く。輝夜は寂しさを感じ、困ったような表情を浮かべ呟く。

「私は離れてても恋人でいたいな」
　その言葉に慎之介は雷に打たれた様な衝撃を受ける。慎之介は輝夜が好きだ。だからこそ恋人として過ごす時間もタイミングもないことを気にして恋人になることを断った。しかし、そうなると分かっていながらも、ずっと好きでいたいと輝夜は言うのだ。慎之介は目を瞑り、その場できっかり1分沈黙し考えこむ。そして1分が経過した瞬間、慎之介は目を開かせた。

「……よし分かった！　お前が俺との永遠の絆を信じてくれるなら、俺も信じることにする！」
「えっ、慎之介くん。それって……」
「俺、暫くお前に恋人らしいこと、一切出来ないと思う。それでも俺を信じてくれるなら、俺はお前の恋人になるよ！」
　慎之介は透き通るような瞳で真剣に真っ直ぐに、輝夜を見つめる。輝夜は慎之介の決心を受けて、胸がじーんと暖かくなる。気が付くと、輝夜は慎之介にもう一度唇を重ねていた。

　それから恋人となった二人は暫く一緒に歩き、夜の海浜公園へと来ていた。今日この会場では花火が予定され、寝子島を白で埋め尽くすイベントが行われる。そのためドレスコードとして白い服を着用しなければならず、二人は一度別れレンタル服に着替えていた。そして二人は再び出逢う。

「ホワット？！　月守お前どこかのお姫様だったのか？！　マイガッ！」
「そ、そうかな？　慎之介くんこそ。王子様みたいだよ？」
　普段着ることの無い様な服を纏い、二人は見惚れ合ってしまう。そんな二人を照らす様に、夜空に白い花火が打ち上がり、二人が重なり合った影を作った。

「こうして一緒に花火を見たり出かけたりも、留学したらできなくなるね」
「そうだな。だから、今日のこと、忘れないようにするな」
　慎之介は夜空を見上げたまま笑顔を浮かべ、自然に格好をつける。そんな横顔を眺めながら、輝夜はうん、と頷き、しっかり胸に焼き付ける。

「バイトして、絶対に会いに行くから、向こうで恋人作っちゃダメだからね」
　帰り際に輝夜は慎之介の手をそっと握り、慎之介の目をじっと見つめる。すると慎之介はうーんと悩んでしまう。

「向こうに月守みたいな子がいたらなあ。俺流されちゃうかもしれないなあ」
「わ、私に似ててもダメだからねっ」
　輝夜は妙な褒められ方をして照れながらダメだよ？　と念を押す。それでもうーん、と悩む慎之介に、珍しく輝夜は慌てさせられてしまうのだった。

　ところで、お返しは？　案の定慎之介は忘れていたらしく、慎之介曰くこうだ。
「今日のこと絶対忘れないから！　ビッグドリームを掴んだ後、ビッグなお返しさせてくれ！　だから待っててくれな！」

「……うん！」
　ビッグドリームに何処まで期待していいかは分からなかったが。永遠の絆は信じたいから。輝夜は笑顔で頷いた。