寒い日こそ、ボディタッチ日和｜リアクション

寒い日こそ、ボディタッチ日和

　御巫時子は三つ編みを揺らして放課後の廊下を歩いていた。
　放課後、五十嵐尚輝先生に会いに理科室へ行くのは彼女にとって日課のようなものだ。
「こんにちは。尚輝先生、いらっしゃいますか？」
　戸を開けて声を掛けると白衣の尚輝先生は振り向きもせず返事をする。
「御巫さんですか。今実験中なので少し待ってもらってもいいですか」
「わかりました」
　そういって先生の背後になる席に荷物を置く。
　試験管に入れた試薬を慎重にビーカーに注ぎ込む後ろ姿。
　くしゃくしゃの白衣に櫛を入れていない髪もいつも通りのはずなのに、無性に先生をぎゅっと抱きしめたい衝動に襲われ、時子は自分の身体を抱きしめた。
（なんでしょう……神魂の影響でしょうか？　困りましたね）
　このまま抱きしめてしまいたいけど、急にそんなことをしたらびっくりされてしまうだろうと不安になる。
　手を伸ばそうとして、指先が触れる寸前で我慢して、手を引っ込めることを幾度か繰り返しているうちに抱きしめたい思いはさらに募ってゆくから堪らない。
（気付かれてないですよね？）
　たぶん大丈夫だ。尚輝先生は実験に集中すると周りが見えなくなってしまうから、時子の頬を染め、熱い吐息を吐いていることにだって未だ気づいていないだろう。
（ああ、どうしましょう……これ以上抑えられません）
　残酷な神魂の影響に我慢が効かなくなった時子はとうとう尚輝先生の背後に立った。
「尚輝先生、ぎゅってしてもいいですか？」
「はい？」
　聞き返す声。返事も待てず、時子は尚輝先生の背中にぎゅっと抱きつく。
「み、御巫さん！？」
「すみません、すこしこのままでいてください」
　時子は背中に顔を埋めたまま言った。
　とても幸せな気分だった。
　さっきまでの不安も消えて、ただ嬉しさだけが溢れてくる。
　だからそのまま、言葉にして伝える。
「こうしていると幸せです」
　薬品とコーヒーの香りがする。
　大好きな先生の香りだ。
「ええと……」
　戸惑いの声に時子は少しだけ体を離した。
「すみません。実験の邪魔はしたくなかったのですが……急に先生にぎゅっとしたくなってしまって」
「その件なのですが……」
　尚輝先生は体を時子のほうに向けると、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「じつはどういうわけか僕もでして……」
　尚輝先生は時子の肩に頭を埋めるようにしてそっと時子を抱きしめる。
「本当にすみません。急にこんなことをするなんて自分でもどうかしていると思います」
「いいえ。謝らないでください。きっと……なにか不思議なことが起こっているんですよ」
　時子は先生の胸に顔を寄せて、ぎゅっと白衣ごと彼のことを抱きしめた。

　翌日。
　時子はいつものように放課後に理科室の前までやってきたが、戸の前で逡巡する羽目になった。
（どうしましょう……神魂の影響は消えたみたいですけれど……）
　昨日の事を思い出すと、顔から火が出そうなぐらい恥ずかしい。
（尚輝先生に会ったら謝った方が良いですよね？）
　先生は覚えているだろうか。それとも神魂のせいで忘れてしまっただろうか。
　忘れているなら敢えて思い出させなくてもよい気もするし、でも折角の思い出が消えていたらそれはそれで寂しいし、とあれこれ長考してしまう時子であった。

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あとがき

担当マスター：網透介
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今回もお待たせしてしまいました。大変申し訳ありません。
「寒い日こそ、ボディタッチ日和」いかがだったでしょうか。

密回避を叫ばれて久しい昨今、ボディタッチしてもいい、
なんだったら神魂の影響でしまくっちゃってもいい！！　という状況、
ご参加いただいた皆様にもお楽しみいただけたら嬉しいです。

この年末年始は大寒波でとても寒くなるそうですね。
どうぞ暖かくしてお過ごしください。なんだったらボディタッチでぎゅーっとして……

それでは、また次回に。
網でした。

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