寒い日こそ、ボディタッチ日和｜リアクション

寒い日こそ、ボディタッチ日和

　放課後の寝子高の渡り廊下で、羽生碧南は「はぁっ……」と熱っぽい溜息をつく。
　どうしてか分からないが、唐突にボディタッチしたい欲に駆られたのだ。
（あぁ、ものすごく鷹取先輩にぺたぺたはむはむむにむにしたくて堪らない……！）
　鷹取洋二は三年生で間もなく卒業を迎える、片想いの先輩だ。
　今時分なら音楽室にいるに違いないとそちらへ向かうと、優雅なヴァイオリンの音が聞こえてくる。
　そっと戸を開けると、洋二は気付いて視線を上げた。
「やあ羽生くん、君か」
　はぅ、と碧南は早くもノックダウンしそうになる。
（もう我慢できない……いやいや待つのよ。いきなりずずずいっと近づいたら先輩だって驚くわ。ここで逃げられては本末転倒、こらえるのよ私！）
　強靭な忍耐力を発揮しつつ碧南は音楽室にするりと入り込む。先輩一人。邪魔する者は誰もいない。そのことに安堵しつつ、できるだけさり気なく、本当に、本当にさり気なく近づいてゆく。
「先輩……」
　碧南はまるで小鳥に触れるみたいにフェザータッチでその指に触れた。
　最初はかるく、そっと。
　彼が逃げないのを確かめて、次第に大胆に指を絡める。
（どうしよう、こんな破廉恥なことをして嫌われたら……）
　羞恥心も沸いてくるが、触れたい気持ちが勝ってやめられない。
　彼は碧南の指と自分の指が触れるのをじっと見ている。
「羽生くん……笑わないで聞いてほしいんだが。妙なんだ、この僕が他人に触れたいと思うなんて」
「え……？」
　碧南は洋二の目を見た。
（先輩もまんざらじゃない感じ？）
　嬉しい誤算だ。
　だとしたらもう少しだけ、大胆になってもいいだろうか。
「先輩……あの……私……」
　指先から腕へ、腕から首筋へ、指先を這わせさらに体を接近させてゆく。
　彼独特のワカメヘアーをかき上げてあらわれたうなじに顔を埋めて唇を寄せる。
「はむ」
　碧南が噛みつくように吸い付くと、洋二はわずかに艶っぽい喘ぎ声を漏らす。
　興が乗って来た碧南はそのままどんっと洋二を壁に押し付けた。
　いわゆる、壁ドンだ。身長は実は碧南の方が高いので、なかなか様になっている。
「……もうこのまま二人で溶けあって、一緒に……ずっとずーっと、永遠にこうしていたい……」
「どうしてかな。僕も君に触れたい気分だ……」
　このままどろどろぐちょぐちょになるまで触れ合って融け合いたい、なんて心地で二人は床に倒れ――。

　ドンッ！　と派手な音がしたあと辺りは静寂に包まれた。

　数十分後。
　碧南と洋二が気が付くと、抱き合ったまま音楽室の床に倒れていた。
「ええと……私たちに一体何が……？」
　どうも記憶がぼんやりしている。
「わからない。が、僕の頭に大きなたんこぶが出来ている。これはもしや……殺人事件ではないだろうか」
「誰も死んでないみたいですが」
「狙われたのはおそらく僕だ。しかし君のお陰で未遂に済んだに違いない！　ありがとう羽生くん！」
　両手を握られ盛大にお礼を言われながら、碧南は首を傾げていた。
　そうだったっけ……？
「おや、君もおでこに傷が出来ている」
　そういって洋二は碧南のおでこの血を舐めとる。
「ひゃっ！」
「すまない。血が出ていたものだから、つい。一緒に保健室に行こうか」
「は、はい」
　おでこにキスされた。おでこにキスされた。おでこにキスされた。
　何やらよく分からないが……ドキドキして乙女心が爆発しそうなことだけはたしかだ。

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