Valentine Girl｜リアクション

Valentine Girl

　エプロンを巻いて台所にならぶ。
「……じゃあはじめちゃいまーす」
　両手を自身に向けてわしわしっとやる姿が、手術開始前の外科医師みたいなあおいである。
「はい先生、いつでもどうぞ」
　なので彰尋も笑みつつ、同じ調子で助手みたいに言ってみる。
　今回、調理のメインはあおいで彰尋はその手伝いというポジションと決めていた。彼女から希望したことだ。緊張気味なのもそのためだろう。
　あおいの前にはレシピ本が開いて置いてある。しっかり折り目と付箋がつけてあり、かなり読み込んだものだと思われた。
　桜花寮の共同台所は広いのだけど、本日は休みのせいか他に人の姿はない。
　オーブンを予熱180℃にセットするところからスタートだ。
「まずは卵を四つ割って……と。彰尋くんも二つお願いね」
「オッケー」
　手早く割ってしまう彰尋に比べると、あおいの手つきはぎこちない。それでも失敗することなくやりとげ、
「そうして卵黄と卵白をわけるんだよね」
　上手な人なら殻から殻へ黄身を移動させることをくりかえしてわけるのだが、あおいはその手段を最初から考えておらず、百均グッズの黄身わけ器を使った。吸引をおこなう道具だ。割った生卵から、すぽっと黄身だけ吸い取って分離する。
「スポイトみたいになってるんだ。面白いね」
「これまで私の料理がマズかったのは、こういうところをテキトウにやってたせいだと思って。これののこちゃんに教えてもらったの、『金で解決！』って」
　百均だけど、とあおいは笑った。
　板チョコを割ってボウルに入れ、湯せんで溶かす。
「溶けたらバターも加えるんだよね」
「いい感じに溶けてきた。じゃあ黄身をほぐしておくよ」

　チョコレートとバターの香りが立ちはじめた。うっとりするような甘い匂いだ。
　ほぐした黄身をボウルごと受け取り、砂糖を加えるとあおいはこれをチョコレートとバターに混ぜた。
「こんなもんかな」
「きれいな色になったね」
　チョコレートソースのできあがりだ。
「次が大変なんだよね、ハンドミキサー」
　あおいは苦笑いした。卵白を泡立ててメレンゲを作るのだ。
　用意しているハンドミキサーというのはやや大型で重そうだ。
「この作業は交互にやろう」
　ミキサーを手にすると、彰尋は回転速度をセットした。
「コツはね、低速ではじめて、出来具合を見ながら中速、高速と切り替えることなんだ」
「前やったとき私、いきなり高速ではじめちゃった」
　中身が跳ねて大変だったよ、とあおいは舌を出す。
「よくあることだよ。俺も最初はその洗礼を浴びたから」
　まず彰尋がやってみせる。
「見てて」
　しばらく泡立ててから停め、あおいに渡した。
　ミキサーを持つ手が不安げだ。でもやりきるという意思を込めた目であおいは問いかける。
「彰尋くん、教えてもらっていい？」
「いいよ」
　こんな感じ、と教えながら自然に、あおいを背中から抱くような姿勢になっていることに彰尋は気がついた。でも変に気をつかったりしたらそれこそ照れくさい、きっちり教える。
「やってみて」
「うん……わあ、スムーズにできる～」
　ときおりガリガリとボウルの端に当たったりするが、それでもあおいは、ほとんど跳ねることなく混ぜることができるようになった。
　一生懸命なあおいの姿に、大げさではなく彰尋は胸を打たれた。
　きっと、贈る相手のことを想って作業してるからだろうな――そう思う。
「次に薄力粉をふるいながら加えるんだったね」
「ふるった粉をさっくり混ぜるのもなかなか大変だよね。これも交代しながらやろう」
「必要なことがすぐ思いつく彰尋くんってすごいな」
「手順を覚えてるあおいさんもすごいよ。さっきからほとんどレシピ本見てないのに」
　きっと記憶してしまうくらいよく読んだのだろう。
　チョコとバター、それに卵黄をまぜたボウルとメレンゲのボウルを混ぜ合わせ生地とする。
　あおいがこの作業をしている間に、彰尋はケーキ型にクッキングシートを敷いた。
「できた？」
「できたよ」
　うなずきあって、
「じゃ、入れちゃうからね」
　あおいが生地を型に流し入れた。慎重に慎重に、力が入りすぎているのか手をぷるぷると震わせながら。
　できた。
　すでにオーブンの余熱は終わっている。
「行ってきます」
　と断って、宝石をちりばめた王冠を運んでいるかのように、一歩一歩用心しながらあおいはケーキ型を運び、そーっとオーブンに入れた。
　タイマーをセットして開始ボタンを押すと、
「ふぅ」
　額の汗を拭うようなジェスチャーをする。
　けれども座り込んだりしない。あおいは元気に呼びかけるのだ。
「次はチョコクリームだね！」

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