after the mirage｜リアクション

after the mirage

　ちょっと、と姫木じゅん（まみ子）は腕組みした。
「やっと退院じゃない。もっと元気そうな顔したらどう？」
　昨日のほうがよっぽど元気だった気がする、というじゅんの声色には「私が帰ったあと何かあった？」という問いが含まれているようにさゆるは思った。
　けれどさゆるは言わない。
　じゅんも訊かない。
　かわりにさゆるは深く息を吸い込んだ。
「その香り……」
「ああ、今日フローラル系の香水つけてきてるけど、嫌だった？」
「ううん」
　うっすらとして清潔感のある芳香だった。
「いいと思う」
「ありがとう」
　同じ花の香りでも、Maliceのそれが毒気を多分にはらんでいたことと比べると相当な差がある。
　今日のじゅんは大きな伊達メガネをかけており、三つ編みにした髪をポニーテールのように首の後ろでくくっていた。これでブラウンのダッフルコートなど着ているものだから、同級生どころか妹が退院の手伝いに来たようにしか見えない。
「適当に入れておくけどいい？」
「お願い」
　しばらく黙って身支度して、少ない荷物を鞄に詰めた。
「貸して」
　鞄を持ち上げたさゆるの手に、じゅんが手を重ねた。
「持つよ」
「……これくらい持てるから」
「病み上がりが何言ってんだか」
　じゅんは強引に奪い――かけてやめ、かわりに空いたほうの手でさゆるの脇をくすぐった。
　我知らず甲高い声がでて紅潮したさゆるから、じゅんはまんまと鞄をせしめている。
「やっぱりね、弱点なんだ、そこ」
「よしてよ、こんなときに」
「いま、ちょっと笑ったよね、さゆる」
「それはじゅんが……」
「あんたってさあ、笑っても美人だもんな。嫉妬しちゃう」
　ふん、と言うが言葉とは裏腹に得意げな顔をして、じゅんはもう歩き出している。
「ほら行くよ。やっぱ病院好きじゃないわ。さっさと出よ出よ」
　昨日Maliceが入ってきたドアに、じゅんは手をかけ大きく開く。
　しばらく立ち止まったまま、さゆるはじゅんの背を眺めていたが、

「待って」
　やがて後を追った。

　自動ドアを抜ける。
　まだ昼前だが陽射しがまぶしい。
　病院にさゆるが運び込まれたとき、街は一面の雪景色だった。
　なのに今はすべて溶けきって、通りもすっかり乾いていた。
　カレンダーの冬は当分つづく予定だが、今日はいくらか春の気配があった。
「これからどうするの」
「さあ……」
　そう言うと思った、とじゅんは言った。なにか小言でも口にするのかと思いきや、「ところで」と話題を変えた。
「昨日持ってった漫画読んだ？」
　エッチなやつ、と表現していたものだ。さゆるはページをめくるどころか存在ごと忘れていた。
「ごめん、まだ読んでない」
「まだ、ってことは読む気はあるんだ」
「まあ……」
　一応、とは言ってみたものの自信はなかった。
「だったらさあ」
　一拍おいてじゅんはさゆるを見上げた。
「私の部屋で読まない？」
　やはり陽がまぶしいのだろうか、さゆるはすぐに顔をそらせて、
「なんなら、しばらくうちにいてくれていいし」
　とも言った。

　――『after the mirage』　了

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あとがき

担当マスター：桂木京介
ファンレターはマスターページから！

　ご参加ありがとうございました！

　朝鳥さゆる様、葉利沢倫理子様、改めましてリクエストありがとうございました！
　中心となるのはおふたりの場面です。密室劇のイメージで描写させていただいております。
　また、ふたりの濃密な時間と、じゅん（まみ子）とさゆる様の時間との対比も色々と工夫してみました。
　楽しんでいただければ幸いです。
　
　せっかくのプライベートシナリオです。内容についてはコメント欄で話しますね。

　それではまた、新たなシナリオで会いましょう。
　桂木京介でした

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