もう一週間になるね、と
まみ子は言った。
本名は
姫木 じゅん、まみ子というのはいわゆる源氏名だ。
ぱっと見は高校生、「違うよ」と彼女に言われたとしたら、大抵の人は「ああ中学生か」と勝手に合点しただろう。
実際は逆だ。二十歳はもちろん、四捨五入すると三十路になる。
この外見はまみ子自身自覚的に使っている。今日だって、デニム地のミニ丈ジャンパースカートをカジュアルな白いタートルネックに合わせ、黒のタイツ、赤いスニーカーという組み合わせで意図的に幼さを演出しているのだ。職業も学生ではなく、『プロムナード』というキャバクラの女性従業員である。
「長引いたじゃない、入院」
まみ子はベッドサイドに腰を下ろし、
朝鳥 さゆるの髪にブラシをかけている。1本1本が細いさゆるの髪は、流れる水のようにコームの通りがいい。
「そんなに経ったかな」
さゆるは他人事のように言う。
視線はずっと窓の外だ。長く続いた雪はようやく終わっていた。
「あきれた。自分のことでしょうに」
「だからこそ興味がないわ」
一週間前の朝、雪降り積もるなかさゆるは、監禁されていた甘い牢獄より逃れた。
牢獄というのはホテルの一室、彼女を監禁していたのは『あの女』だ。さゆるの映し鏡のような存在、悪意と肉欲と支配欲だけの獣(けだもの)。
だが逃れたところでさゆるは、自身の糸に絡め取られた凧のような存在にすぎなかった。さまよっていたところをたちまち、ナイフを手にした暴漢に襲われ辱められたのである。
心身ともに衰えきったさゆるをさらなる不幸が襲った。
女子中学生による発砲事件、その標的になったのだ。
間一髪ではあったがさゆるは『ろっこん』に守られ、一発の弾丸すら受けることはなかった。
けれどそこまでだった。さゆるは倒れ意識を失った。
目覚めた場所が病院だったのである。翌日に病室は移されたがやはり個室だった。発砲事件の被害者として、特別に配慮されたものなのは明白だ。
さゆるはまみ子を見上げた。まみ子はブラシを置いて立つと、両手でシーツを整えていた。
「本当に毎日くるなんてね」
「あたしの仕事、日中は暇だから」
最初に訪れて以来、一日もあけることなくまみ子はさゆるの病室を見舞いに訪れていたのだ。
そのたびに花をもってきたり、「退屈でしょ?」と言って漫画や本などを置いていく。残念ながらまみ子の持ってくる書籍はどれも紙芝居みたいな筋立てで、さゆるの趣味には合わなかったが。
「でも、明日退院になるそうね」
よかったじゃない、とまみ子は言ったのだがさゆるの表情に変化はなかった。
「別に」
窓の外を見つめたままだ。名の知らぬ鳥が横切っていった。
「嬉しくないの?」
「……退院したところで、戻るところなんてないから」
「だったら」
と言いかけてまみ子は口をつぐんだ。言い直す。
「なら戻る場所を探したら?」
さゆるの返事を待たずに、まみ子はバッグを持ち上げた。
「漫画、また何冊か置いていくから。今度のは気に入るかもね。エッチなやつだから」
口調が悪戯っぽく、そういう本を隠れて友達と交換する中学生のようだった。
じゃあ、とまみ子はドアを開けて出て行った。
「さよなら」
振り返ってさゆるは声をかけた。さゆるには滅多にない行動だ。
ドアが閉まった。
さゆるはふたたび窓の外に顔を向けた。
昏い気持ちが心中にとぐろを巻いている。
じゅんに告げた通りだ。
退院したところで、どこへ戻るというのか。
戻る場所……本当に、そんな場所はあったのか?
冷たく小さな音がした。ドアが開いたのだ。
まだ医師の巡回の時間ではない。さゆるは顔を動かさなかった。
「忘れ物?」
問いかけるも返事はなかった。
不審に思い振り返り、小さく息を呑む。
ターコイズブルー。
葉利沢 倫理子、正しくはその第二人格
Maliceのまとう服の色だった。
「探したよ、愛しい子」
倫理子(Malice)の頬には悪意に満ちた微笑があった。
瞳の底には、さゆるへの執着心が油のように浮かんでいた。
倫理子はつかつかとさゆるに歩み寄った。
そして、咬むようにさゆるの唇を奪った。
リクエストありがとうございました! 桂木京介です。
朝鳥さゆる様、そして葉利沢倫理子様へのプライベートシナリオをお届けします。
シナリオ概要
拙作『朧冬の蜃気楼/a hazy mirage of winter』の後日譚です。
何らかの手段を使って、倫理子様はさゆる様の病室に侵入しました。
ここから何が行われるのでしょう?
何が語られ、何が明かされるのでしょうか?
状況
開始地点は大病院の病室ですが、このまま密室劇的に病室のみに終始することもできます。
あるいは病室を抜けて院内、真冬の屋外へと展開することも可能です。
開始時刻は午後二時頃です。アクション次第で夜間、翌日まで続くこともできます。
NPCについて
特に希望がない限り登場しませんが、以下のキャラクターのみ可能性があります。
●まみ子こと姫木 じゅん
さゆるの身を案じており、頼まれていないのに翌日も退院の手伝いに訪れる予定です。
それでは、次はリアクションで会いましょう!
桂木京介でした。