ウィンター☆ 部活動のお時間です！～運動部編～｜リアクション

ウィンター☆ 部活動のお時間です！～運動部編～

　椎井莉鳥は体育館に走高跳の用具を持ち込んだ。マットを敷いてその手前に二本の支柱を立てる。バーの高さは百七十に合わせた。
　その前で莉鳥は手足を伸ばす。周囲の騒々しさに気付かないのか。淡々とストレッチを行った。
　すっと立ち上がると着ていたジャージを脱いだ。身軽なユニフォーム姿となり、その場で軽く跳んだ。
　動きが止まる。目がバーに向かった。
「そこのアンタ」
　背後の声を無視して助走の体勢に入る。走り出す前に肩へ手が掛かった。
「アンタに言ってんだよ」
「……誰よ」
　肩の手を払うようにして振り返る。莉鳥の目が上下に動いた。
　赤いショートの髪は刺々しい。露出した肌は青白く、尻尾のような物が人外を仄めかす。
「アンタ、身体能力が高そうだよね。アタシと勝負しな」
「悪魔が、なんの勝負をするつもりよ」
「アンタがやろうとしていたじゃない。アレでいいよ」
　悪魔はバーを指差して笑う。
「走高跳をしたことは？」
「ないけど、わかるよ。あの横棒を超えればいいんでしょ」
　悪魔は大股で歩き出す。バーの手前で止まると背中の羽を動かした。床から足が浮き、簡単に超えてマットへ降りた。
　悪魔は笑顔で振り返る。
「これでいいんだよね」
「羽を使って飛ばない。自分の脚でバーを跳び越える。走高跳の基本よ」
　莉鳥はストレッチをしながら言った。
「そこで見ていて」
「期待はしてないけどね」
　悪魔は体育館の壁にもたれた。腕を組んでにやにやと笑う。
　莉鳥は自身のタイミングで走り出す。大きなストライドで弧を描き、斜め上に向かって跳んだ。バーの上で反り返り、両脚を撥ね上げた。流れるように背中からマットに落ちると回転を伴って起き上がる。
　目にしたバーは揺れていなかった。
　悪魔は身を乗り出した。
「すげー、なに今の！？」
「背面跳びだけど、やってみる？」
「やる、やる！」
　笑顔で素っ飛んできた。あまりの顔の近さに莉鳥がそれとなく手で押し返す。
「背面跳びの姿は見せた通りよ」
「横棒の上で三日月になればいいのね！」
「まあ、そうね」
　先程の莉鳥の再現をするように悪魔は片腕を挙げて跳んだ。
「どちらの脚で踏み切る？」
「じゃあ、左で」
「もう一度、最初からの流れを教えるわ」
　すると悪魔は、必要ないって、と薄笑いで手を振った。
　莉鳥は最後に背中の羽に目をやる。
「その羽は邪魔になるわ」
「それなら引っ込めるね」
　悪魔は莉鳥に背中を向ける。一瞬で羽は吸い込まれてユニフォームの縦長の穴だけが残った。
「アタシの三日月を目に焼き付けるがいいわ！」
「わかったから」
　苦笑に近い顔でバーの方に手を差し向ける。
　悪魔は興奮した状態で走り出す。大きな弧を描いて左足で跳んだ。背中を逸らす前にバーに背中が当たった。
「あー、なし！　これ、練習だから！」
　マットから跳び起きた悪魔は落下したバーを元に戻す。青白い頬をほんのりと染めてスタート位置に駆け込んだ。
　気負う姿を見て莉鳥が声を掛ける。
「助走はしっかりできているから、上を意識して跳べばクリアできると思うわ」
「そうなの？」
「そうよ。自信を持って」
　悪魔はにっこり笑ってバーに向き合う。程よい緊張を伴う顔で走り出す。伸びやかな脚で踏み切って跳んだ。
　上体が易々とバーを越えた。反る前に慌てて両足を挙げて後方宙返りを決める。
「やった、跳べたよ！」
「空中姿勢が崩れたけど、悪くない跳躍だったわ」
「本当に嬉しい！　ありがとう！」
　悪魔は羽を生やすと笑顔のまま飛び去った。
　一人になった莉鳥は顎先に手を当てる。
「……勝負は？」
　呟いたあと、気を取り直して走高跳の練習に打ち込むのだった。

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