着々と進められるカーニバルの準備。

　その有様を、電柱の上から眺める獅子唐 ケンジ。
　まっすぐな瞳が、パレードの中心、ネコビエ様をはるかに見つめる。

（――ネコビエ様。
　正体は、不明ですが……）

　ケンジが憂慮するのは、パレードの行く末と、ネコビエ様。
　ガンガンにアゲアゲに盛り上がる、寝子島民たち。
　だが、見落としてはならない。これはあくまで神事――ネコビエ様に捧げる贈呈品なのだ。

（二つ分けの長い髪
　ピンと立った耳
　つぶらな瞳……）

　冷静なケンジ、ネコビエ様の伝え聞くシルエットを思い浮かべる。

（そして、天岩戸ムーブ……）

　こうした預言により病魔を払う妖怪は、正体不明なことが多い。人との交流を離れ、断片的なかかわりしかない。
　ネコビエの『ビエ』部分は、『ビト』の変化したものという説もある。
　古代日本の神々、その末裔たる古代人……それらとの関係を指摘する声もある。
　ならば、ネコビエさまが天岩戸よろしく、こっそり姿を隠してしまうというのもわからないことではない。
　音楽を通じて、人との交流を保とうとするのも、神話類型をなぞった態度だ。

――ならば……。
　ケンジは、本質を直感する。

この、ネコビエさまは……。

（内気系恥ずかしがり美少女ですね！）

　気づいたときんは、彼のすべきことは決まっている。

（助けてあげないと）



　謎めいた出自のケンジ。
　人と打ち解けず、積極的な行き交いは避ける。
　だがそれは、彼の複雑な立場ゆえのこと。
　本当の彼は、周囲に協力し、仲間と打ち解けたいのだ。
　今回の彼の着眼点――果たして吉とでるか凶とでるか。

「ウーム、一理あるねぇ……」
　寝子島市長、中沢 リッカルドは腕を組んだ。
「ネコビエ様に、感想を聞き出してもらいたいのです」
　真摯な瞳で、ケンジは訴えかける。

　その手には「○」「◎」「≧▽≦」などの書かれたプラカード。

　必要なのは、ネコビエ様からのリアクション。
　パフォーマンスへの、ネコビエ様の感想が判れば、皆のテンションも上がる。
　自分たちの行動が、正当に評価されたと感じることができる。
　さらに観客からの反応が、ネコビエ様に影響することもある。

　イベントは、演者と観客の一体で作られるもの。
　まして今回のような、神様に奉納する神事としての価値のあるものなら、正しい作法に基づかなければいけない。

「ですが、ネコビエ様はシャイとの事前情報があり、直接お気持ちを伺うのは難しいかと」

　そのためのプラカード。
　ネコビエ様の反応を尋ね、カードの記号を使って皆に伝達する。
　相互のやりとりにより、神事が滞りなく進み、観客の反応を高める。
　
　そのネコビエ様の感情を伺う役割を、リッカルド市長が適任、とケンジは見込んだのだが……。
「ネコビエ様に詳しい市長なら、ネコビエ様の感情を聞き出せるかと」

「ぴえん」のプラカードを突きつけ、リッカルドに迫るケンジ。
　
　真摯に考え込むリッカルド。

「ウーム、協力したいのはやまやまだが、私も忙しくてね」

　町長として、このパレードを全て取り仕切らなくてはならない彼。
　ネコビエ様とのやりとりに割ける時間がない。

「アイデアは面白いと思うが……時間がない」



　――その役目、我々に任せてはもらえませんか。

　キラキラした光と共に現れたのは、音の精の一体、低いド号担当のコンラッド。

「ネコビエ様と人をつなぐのは、我々精霊の役目。
　私たちがネコビエ様の感想を承るのが、もっとも適任かと」

「しかし、君たちも忙しくはないのかね」

「８体おりますから、持ち回りで担当することができます。
　――私は以前、皆さんに助けられましてね。ご恩返しがしたいんですよ」

　以前発生した、音の消え去る事件の時、偶然からトラブルに見舞われたコンラッドを救ったのは、寝子島の住人たちだった。
　そのことを恩義に感じ、積極的に協力しようと言うのだ。

「願ってもない申し出だ！　それで良いかね？」
　リッカルドの言葉に、しっかり頷くケンジ。

「我々も皆さんに協力できて、光栄です」
　感謝の言葉を述べるコンラッド。
　うなずき、ケンジは別のことを考える。

　――まだ、なすべき事はある。

＊ 　　＊　　　＊

　メインストリートは、すでに興奮のるつぼにあっ。
　あらゆる人々が行き交い、笑い合う。
　いつもの寝子島のイベントにも増した、すさまじいエネルギーが満ちあふれていた。
　――誰もが、望んでいるのだ。
　皆が、平和に暮らせるように。
　災厄から逃れた、心穏やかな日々を送れるように。

　その中心で、神輿に揺られる巨大な像。分厚い織布に覆われたネコビエ様。
　
　先ほどから、その周囲にうごめく怪しげな人影を、ケンジは見逃さなかった。

　美術品を専門に狙う盗賊団が、存在する――。
　裏の世界の情報を、その筋にも通じたケンジは、すでにキャッチしていた。
　事故などをよそおって高額な美術品を、偽物とすり替えたり、あるいは破壊されたと見せかけて盗む。
　そういった盗品である美術品を専門に扱うダークウェブの存在なども、ケンジは見知っていた。

（ネコビエ様を狙う不届き者がいたら……立ち向かう所存）

　ケンジはコートの下にこっそり隠した、角柱状の冷たいものを握りしめる。
　通信販売で購入したスタンガン。
　痴漢対策という名目であっさり手に入った。
　ネコビエ様が、自分の推察通り乙女なハートの持ち主であるなら、荒事は避けたい。
　万一、危険に陥るようなことがあっても、大立周りを演じる訳にはいかない。

　日盛りの太陽を背負って、ネコビエ様の影が揺らぐ。

（とにかく、失礼に当たることは避けなければなりませんが……）

　ネコビエ様はネコなのか、サカナなのか。
　捕食する方なのか、される方なのか。

　正体も不明ならば、嗜好も判らない。

（シャイと言う情報だけ……）

　気弱な少女、乙女として扱うのが無難。

　パレードが活気を呈してくれば、ネコビエ様の反応も良くなる。
　お互いの交流がきちんと図れれば、きっとこのパレード、成功するはず。
　そのために自分のなすべき事は、裏方に徹すること。

　皆が楽しめるように、全力をつくすこと。

　考えたくはない、とは思いつつも、ケンジは島の地図を思い浮かべる。
　パレードの進行ルートを、脳裏に描く。
　もし自分が襲撃者だったら――どのポイントで行動に出るか。
（自分ならば――クライマックス、一番盛り上がったところ）
　その時、紊乱者を無力化できるのは、自分以外にいるだろうか。

　ともあれ――。

（皆さん、ネコビエ様が楽しめるイベントになるよう、
　力を尽くして参りましょう――）

　ケンジ、心中で密かに誓う。

　その時、ケンジの視界をよぎる影があった！