真冬のお花見｜リアクション

真冬のお花見

　旧市街のアパートに陽が燦々と降り注ぐ。全ての住人が出払ったかのように辺りはひっそりとしていた。
　微かな音を立ててドアが開く。中から真境名アリサが現れた。シックなコート姿で施錠を済ませると大股で歩き出す。
　一度、立ち止まって空に目をやった。高いところにある太陽を物珍しそうに眺めた。
　――こんな平日の真昼間に何をすればいいんだろう。急に代休って言われても嬉しさ半分って感じ。
　ジュエルの副店長なんだから休日出勤は当たり前、って思っていたんだけど。あたしの知らない世間では違うみたいね。
　ふっと表情が緩んだ。コートのポケットに右手を入れる。
「ま、たまにはね」
　踊るようなステップでシーサイドタウンへ向かった。
　閑散とした道の中央を堂々と突き進む。間もなくして大きな通りに出た。道なりに進んで小さな橋を渡ると近代的な建物が増えてきた。
　ショーウインドウに飾られた衣類に目がいく。今年の流行色が中心となっていた。
　――色は悪くないわ。でも、厚手のコートが身体の線を隠して、どれもパッとしないわね。
　目だけを向けて通り過ぎる。他の店舗も似たような感想なのか。足を止めることはなかった。
　――miaoはどうかな。その先にはアウトレットもあるし。
　アリサは横断歩道を渡った。人の混雑を避けるように細い道へと入る。
　半ばまで進んだところで横手から強い風が吹き付ける。顔に掛かった髪は歩きながら掻き上げた。
　その時、小さな薄いピンクが目に留まる。アリサは掌を上にして受け止めた。
「冬なのに花びら？」
　飛んできた方角に顔を向けると、脇道の先に満開の桜の木が見えた。
「今、十二月なんだけど……」
　呆れた物言いで右手に折れる。小ぢんまりとしたコンビニエンスストアの前を通って間近で目にした。
　小さな公園を桜が囲む。全ての木が満開ではらはらと花弁を散らせる。
　アリサは訝しい目で中に入った。
　誰もいなかった。
「なんか、気温が違うような」
　コートのボタンを外した。前を開けた状態で佇む。
「春みたい」
　緩んだ表情のまま、視線が流れた。木々の合間から店舗が見える。意識した途端、僅かに喉が鳴った。

　公園を離れたアリサが戻ってきた。手にはビニール袋を提げている。
　空いていたベンチに座ると、早速、缶ビールを取り出した。プルタブを起こし、直に口を付けて一気に喉へ流し込む。
　堪らないという表情で震える。数秒で気の緩んだ顔となり、大きな息を吐いた。
「最初が最高」
　一緒に買い込んだソーセージとベーコンを交互に食べる。艶やかな唇でビールの味を楽しむ。定番のフライドポテトを何本か口にした。
「油物には、やっぱりビールよね」
　満開の桜に語り掛けるように缶を傾ける。一本が空いた。次のビールを手にした。
「それにしても」
　背もたれに片腕を置いた状態でぐるりと見回す。公園の中や外に人の姿が見えない。気ままに徘徊する猫もいなかった。
　――花はあるけど、華がないって感じ。
　手にしたビールを急いで飲み干す。
　アリサはコートを脱いだ。身体の線が見える軽装となって公園の中央に立った。
　緩い風に身を任せるように緩やかに踊り始める。強い風が吹くと同調して力強さが増した。走りながら跳躍する。
　物言わぬ桜は空が淡く染まる程の花弁で応えた。
　天上を舞台にして天女が舞い踊る。その姿は清らかで美しく、時に力強く今を躍動した。
　アリサは公園の中央に戻った。誰に対してなのか。深々と頭を下げる。
「視線を、感じるのよね」
　にこやかに笑うと、また風が吹いた。無数の花弁がアリサに向かって降り注ぐ。
「アンコールかな」
　再び構えると風に舞う天女となった。

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