真冬のお花見｜リアクション

真冬のお花見

　少し欠けた月が夜空に浮かんでいる。
　御剣刀は旧市街にいた。黒いロングコート姿でのんびりと歩く。左腕に腰掛けていた人形は精巧な作りのビスクドール、ルヴィアであった。長い黒髪に黒いドレスを着て正面の闇を静かに見詰めている。
「異常はない、か」
　少し足を速める。無駄のない動きで暗がりを移動した。
　微かな音を背後に聞いて瞬時に振り返る。遠心力でコートの一方が膨らみ、露わになった左腰の刃引き刀の柄を握った。
　道を横切っていた黒猫は驚いて民家の隙間に逃げ込んだ。
　刀は謝るように頭を下げて、その場を離れた。
　シーサイドタウンに入った。人の流れの悪い目抜き通りは避けて路地を巡る。時間に比例して手を擦る仕草が多くなった。
　刀は目を細めた。明るい照明に包まれたコンビニエンスストアを見つけた。
「少し寄っていくか」
　左腕に視線を落として言った。

　五分と経たずに店舗を後にした。刀は左腕にビニール袋を引っ掛けて足早に歩く。落ち着ける場所を事前に調べていたのか。迷いのない足取りで小さな公園に到着した。
「本当に桜が満開だな」
　表情が引き締まる。コートの中に右腕を入れた。満開の桜を右手に見ながらゆっくりと回った。
「……何もない？」
　公園の出入り口の前に立ち、尚も様子を窺う。軽く息を吐いた。右腕をコートに入れた状態で公園の中に踏み込んだ。
　中央で迎撃の体勢を取った。満開の桜に囲まれた公園に穏やかな風が吹く。桜貝のような花弁がひらひらと舞い落ちる。
　刀は構えを解いて目に付いたベンチに腰を下ろす。ルヴィアは隣に座らせた。
　一人と一体は同じような姿勢で街灯に照らされた桜を眺めた。視線を少し上げれば月が見える。
「夜桜も悪くないな」
　刀はビニール袋から紅茶のミニボトルを取り出し、栓を捻って開ける。両脚を投げ出して座るルヴィアの前に置いた。自身にはホットコーヒー。リッドを開けて匂いを楽しんだあと、息を吹き掛けて飲んだ。
　口の中が少し苦くなったのか。合わせて買った菓子を摘まんで食べる。
「見た目だけじゃなくて春みたいだ」
　コートを少し脱いだ。両肩を出した状態で全身の力を抜いた。
　咲き誇る桜に安らかな表情で向き合う。僅かに目が横に動いた。
「……ルヴィア、良い眺めだよな」
　刀は数秒の間を開けた。横切る花弁をそれとなく目で追った。
「普通の桜は真冬に咲かない。これも神魂が絡んでいるとみていい」
　ホットコーヒーを飲んだ。苦い笑いが浮かぶ。
「こんなに暖かいのなら冷たい飲み物にすればよかったかもな。話が逸れたが、こんな楽しい神魂なら悪くないと思わないかい？」
　その問い掛けに答える者はいない。
「神魂絡みで辛い思いもした。今では思い出として話すことができるようになった。これから先はわからないが、俺は受け入れていくと思う」
　言葉を切った。刀は桜吹雪に目を奪われた。
「……こんな不思議なことが今後も続くのかな。いや、続いて欲しいのか、俺は――」
　目が優しくなる。隣にいたルヴィアを膝の上に乗せた。
「俺とルヴィア、いつまでも一緒に……」

　二人は満開の桜を眺めて過ごした。

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あとがき

担当マスター：黒羽カラス
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寝ぼけた妖精さんのおかげと言いますか。
思いもしない時期のお花見となりました。
小さな公園ならではの楽しみ方をされたと思います。
「昼の部、夜の部」と分かれていて、
バランスの良いリアクションとなりました。

一週間もすれば元の公園に戻ります。
季節に気付いた妖精さんも、また眠りにつくことでしょう。
来年の春の盛大なお花見の夢を見ながら……。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

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