風邪引きました｜リアクション

風邪引きました

　折河樹は自分の布団で目を見開いた。息苦しさで目が覚めてしまった。
「世界が……歪んでいる！！」
　火照る体、少し早い呼吸。明らかな異変に胸元を掴んで唸った。そして、
「げほっげほっ！　ぬぅぅ、俺の脳に太陽の熱風が吹き荒れている！　これはまさか外なる神からの干渉？！」
　熱っぽく頭痛がする。そして喉の痛みと倦怠感。どう考えても風邪だ。
　樹は意味もなく天井の照明に手を伸ばした。
「この感覚！　浮かぶ！小説の設定が浮かぶぞ！」
　と、その時。額をぺちっと叩かれた。
「む……！」
「あんた、風邪引いてんなら大人しくしてなさいよ！？　寝ててもうるさいわね」
　腰に手を当てて覗き込んできたのは観月光である。
「むむ、我が盟友光よ、いつの間に我が居城に……」
　光はため息を吐いた。
「いや、ノックしたけど？」
「ふふ、そうかそうか」
　樹はゆっくりと体を起こした。
「俺は力が残っているうちにこの天啓を書き留めねばならぬ」
　PCを起動し、タイピングを始めようとしたところで、光は襟首を掴み、ベッドへ引き倒した。
「おぐっ」
　光は無言で樹の額にてのひらをつけ、腕の力で押し倒した。
「黙ってっ」
「おうっ！？」
「寝てろって言ってるでしょ！？」
「ええい！我が盟友光よ！　離せ！　俺は！　この天啓を失う前にやらねばならぬのだ！」
　光、ため息を一つ。
「大丈夫、もう失ってるから」
「な……に……？」
　光は辺りを見回した。
「ガムテープないかな。紐でもいいけど」
「まさか、この俺に鎖の呪縛をかける気か！？」
「氷枕と頭を固定してあげるから、おとなしくしてて」
　樹は天井に手を伸ばした。
「くぅ、離せ！　お前は洗脳を受けている！　神の加護を……」
　そこまで叫んだところで、樹が動かなくなった。
「ちょっと、大丈夫？」
「ぐ……力を使いすぎた」
「暴れたからでしょ」
「うぐっ」
　樹は喉を押さえて目を見開いた。
「げほっげほっ、ぐはっ。盟友光よ、聖水をここへ……！」
　テーブルを指でさす。
「ああ、シロップの咳止め？　はいはい」
　ちなみにイチゴ味である。瓶の入っていた箱には一回分の容量が書かれている。
「えーっと専用のカップの線まで」
「ええい、飲み干してこその聖水だ」
「聖水じゃないし飲み干していいわけないでしょっ」
　光はきっかり計って樹にそれを渡した。
「銀のグラスをここへ」
「プラスティックで充分だから」
「加護が半減するが、致し方ない」
　そして、カップのシロップを飲み干した。
　咳は治まったものの、元気がなくなってきた。
「ううう。頭が熱い……目が霞む……力が抜ける……外なる神の干渉がだんだん強まってくる……だが、俺は書かねばならない！　それこそが闇の力を受け継ぎし我が使命……」
　そこで力尽きたらしい。
「ほらも〜言わんこっちゃない…こんな熱出してる時でも中二病まっしぐらとか。ま、らしいっちゃらしいけど」
　光は小さく息をついて、近くにあった冷却シートを樹の額に張りつける。
「ん……？」
　冷たさに反応してか、目を開ける樹。
「ちょっともう暴れないでよ？」
「我が盟友光よ、迷惑をかけたな……この借りは……ぐはっ」
　再び気絶したようだ。
「借りとかそんなんいいから」
　光はそう言って、樹の額に手を当てた。
　大人しい樹など、珍獣もいいところだ。
　光は満更でもなさそうに小さく笑った。

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