別れの空｜リアクション

別れの空

　レンガとスチールに囲まれたブルックリンスタイルの一室に短い呼気が聞こえる。吉住志桜里がストレッチに励んでいた。立った状態で腰を左右に捻る。後ろに束ねた髪が鞭のように振られた。着ていたＴシャツが浮き出る汗で肌に張り付く。
　――いつも以上に動きに切れがあります。
　満足そうな笑みで床に腰を下ろした。開いた脚は直線に近い。穿いていたスパッツが床に擦れて音が鳴った。
　左右の脚の位置に合わせて上体を倒す。姿勢を変えて入念に行う。
　背筋を伸ばして軽く呼吸を整える。前に軽く倒し、即座に上体を起こす。同じ動作を続ける中で背中が水平に近づく。
　胸が床に当たってひしゃげた。瞬間、上体が跳ね起きた。
「こ、これは、まさか！」
　胸の膨らみを両手で掴む。指に力を込めて揉んだ。
「……ああ、素晴らしい。弾力の中に、全てを包み込むような柔らかさがあります。この温もりにずっと浸っていたい……」
　志桜里は陶酔の極みに達していた。不意に両脚に力を込めて閉じる力で立位となった。揉んでいた両手を天に翳す。喜びの感情が溢れて全身が小刻みに震えた。
　――日々の努力が報われました。バストアップの為の運動と厳しい食事制限に耐えて、私は望むバストを手中に収めて勝者に。
　歓喜の表情で徐々に口が開く。息を吸い込み、出そうになった声を喉の奥に押し返す。閉じた唇がプルプルと震える。
　――絶壁、鉄板、俎板と数々の汚名を返上する時が来ました。私の胸はＣカップに生まれ変わったのです。
　志桜里は胸に手を当てる。丸みに沿って動かす。
「形はどうでしょうか」
　Ｔシャツの裾から右手を入れると胸の辺りが波打った。左手が胸元を摘まんで引っ張る。出来た空間に目を落とし、満面の笑みを浮かべた。
　――さらば貧乳、ようこそ美乳！
　夢心地の顔で志桜里は弾むように歩く。部屋の中で自由を謳歌する。
　――一歩毎に胸の大きさを実感できます。これがＣの世界なのですね。
　更に勢いを付けて歩き回る。Ｔシャツの中で丸い膨らみは大いにはしゃいだ。
「そうです」
　ぴたりと足を止めた。浮かれた顔を引き締める。
　――この成功を機に更なるバストアップを進めて至高のバストを目指しましょう。その前に今の胸に相応しいブラを新調しなくては。
　その時、テーブルに置いていたスマートフォンが目に付いた。
　――私の生まれ変わった姿をルームメイトに見せてあげましょう。
　小躍り状態でスマートフォンを手にした。Ｔシャツの裾を掴んで半ばまで一気に引き上げる。
「下品ですね」
　志桜里は長袖シャツに着替えた。上部のボタンを外してゆく。胸がチラリと見えるように指で調節して画像に収めた。
　確認して見ると胸の露出が控え目であった。出来を物語るように表情は渋い。数回の撮り直しで会心の一枚を手に入れた。
　笑顔が止められない。スキップする足取りで窓辺にいく。空の青さに目をうっとりとさせた。
　――なんと晴れやかな空なのでしょう。私の心の中と同じで澄み渡っています。
　自然に身体が震えた。我慢の限界と言わんばかりに叫んだ。
「最高の日だわ！」
　両手を突き上げて空に無上の喜びを見せ付けた。

　確かに志桜里の希望は叶えられた。ほんの少しのバストアップには成功した。Ｃカップは願望による錯覚に過ぎない。実際はギリギリのＢカップであった。
　翌日、ルームメイトの言葉で真実が明るみに出る。形には自信があると本人は言い張るが、美乳は微乳と厳しい修正が入った。
　そこから始まる一騒動は、また別のお話である。

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